万斉と二人でしばらく廊下を歩いて、ようやく辿り着いた総督室。近づくに連れて人気の無くなるその部屋付近の雰囲気は、他の場所のそれとは異質だった。
「晋助、入るでござるよ」
それに臆する素振りも見せずに部屋の中へと足を踏み入れる万斉に続いて彼女が部屋に入れば、ふわりと香る紫煙。
これは船に着くまで一緒だった、高杉の香りだとすぐに彼女は思い出す。
そして二枚目の襖を開けると窓際に座って月を見上げるその部屋の主が居た。
その姿は酷く妖艶で、目が奪われるとはこのことかと刹那は密かに思い知る。
「…高杉さん。お呼びでしょうか」
「あぁ。言い忘れていたことがあってなァ…。明日の朝、下の奴らにお前のこと伝えなきゃならねェからあいさつでも考えとけ。幹部になる奴がおどおどしてちゃ締まるもんも締まらねェだろう?クク、」
「っ!あのっ、そのことで私もお話があるんですが!」
「ほぉ、一体なんだ?」
「えっと、私は幹部につくのをお断りするためにお話しに来たんです!」
「あ゙ぁ?なんでだよ」
「うっ、なんでって、そ、それは……」
ただでさえ目つきが恐ろしい高杉に睨まれた彼女は、思わずひくりと口角を歪ませる。
言葉に詰まる刹那の口からはあーとかうーとか意味の無い声が零れるばかり。
(…てゆーか怖い!へるぷっ、へるぷみー!万斉さんんん!)
がくがくと震える刹那が涙目で助けを求めると、ふと笑みを見せた万斉はここでようやく口を開いた。
「晋助、刹那が怖がってるでござるよ。睨むのは止めてやってくれぬか?」
「あ?べつに睨んでなんかねェよ。俺ぁ理由を聞いただけだ」
「……今まさに拙者に向けているその目が怖いと言っているんでござる……」
「……チッ。…で、結局理由は何だ?……………怒ってねェから話せや」
そう言う高杉の目はさっきよりほんの少しだけ優しくなったような気がして、なんだか気持ちが軽くなった彼女は様子を伺いながらも、次はすらりと話しだすことができた。
「あの…、まず私組織のことなんて全然分かんないし、今の状態でそんな上の立場を任されるのはどうしても無理です。自信ない、です。………それにこんなただの女がいきなり攘夷党の幹部を勤めるなんて、みんな絶対納得できないと思います…」
「自信なんてもんはあとからいくらでも着いてくらァ。それにお前の実力見たら誰も文句はあるめェよ。なんせ俺が認めたんだ」
「……ごめんなさい」
「……なぜ謝る」
「あの、わたし刀はできるだけ握らないようにしてるんです。だから実力見せるために刀を抜くことは……できません」
「それが総督命令でもかァ?」
「……はい」
それが何故かは高杉にも予想できた。
理由は知らないが、刹那は刀を握ると今ある意識が飛んでしまうようだから、大方それが理由だろう。
だが高杉にとっては刹那の持つ考えなどはどうでも良いのだ。刹那をここに連れてきた理由はただ一つ。"面白そう"だったから。もう一度、今度こそはっきりと刹那が刀を振るう姿を見たいと思ったからだ。
そのため、刹那が刀を握らないなんてことを高杉が許すはずがない。
「なら、おめェにも負けねー位の強者を相手にすりゃあいいだけの話だろう?」
「え?」
二人の会話をそばで聞いている万斉はこれが何のことだかさっぱり分からない。その証拠にさっきから首を傾げてばかりいる。
「幹部だろうがそうでなかろうが、ここに居るにゃあ他の奴らに自分の実力は見せとかなきゃならねえんだよ」
「っ、だから!」
「…よし、ならこうしよう。万斉が明日お前の相手をする」
「え…?!」
「?」
「こいつも腕はたつ。みすみすやられたりしねぇだろう。これなら満足か?」
「晋助、話がよくわからんのだが……それでは刹那の相手が弱者だと、ただの手合わせでも相手を殺してしまう、という風に聞こえるでござる」
「クク、聞こえるもなにもそう言ってんだよ」
「益々理解し難い話でござる。刹那がそのような事をするとは到底思えな…」
そこで万斉は言葉を呑み込んだ。
なぜならばその時、眉間にシワをよせて着物の裾を強く握る刹那が目に入ったからだ。
「……どういうことでござるか?」
「ククッ、さぁな。まァとにかく明日はお前が刹那の相手しろや、万斉」
「……それは、構わぬが」
「そういうこった刹那。とにかく今日はもう寝ろ」
「………、やだ。」
「………刹那…?」
あまり感情を表に出さない万斉も、今回ばかりは素直に驚く。
いまたしかに刹那が晋助に嫌だ、と言ったように聞こえた。近頃では珍しくきちんと礼儀を弁えている刹那が、だ。
「ぜぇえったいに!わたしこんなことで刀なんか抜きませんからね!」
突然駄々をこねる子供のような顔をしたかと思えば、そのまま部屋を出ていく刹那。だが出て行く直前、彼女は襖の前で突然ぴたりと止まって、
「…おやすみなさい!!」
と、表情は不機嫌なままに、きちんと夜の挨拶をしてから部屋から出て行った。
その姿を見てやはり面白い少女だと思い、思わず笑ってしまった万斉が隣を見ると、高杉も小さく喉を鳴らして笑っていた。
「ククッ変な女………」
「面白い女…、でござろう?」
「ふん。…………おい万斉、おめェ明日油断すんじゃねェぞ」
「…………これは驚いた。ぬしが拙者を心配するとは……。
…大丈夫でござる。おなご相手に負けるほど拙者はやわではござらん」
「まあ、やってみりゃ分かるだろうぜ」
「?」
「実際俺もまだ分かんねェからなァ…」
ただの買いかぶりか、そうではないのか、どちらにせよ明日になれば分かる。
「ククッ、楽しみじゃねェか……」
開幕ベルが鳴る手前
「刀なんかぜえったい抜くもんか!!………って、そういえば幹部のはなし流されてる………?」
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