少女が高杉についていくこと小一時間。彼らがたどり着いた先は港だった。

「…………港?」

「あぁ、ここに俺の船がある」

「船……あなた船乗りなの?」

「クク、こいつァ驚いた。おまえ俺が誰か知らねェのに付いて来たのか?」

付いて来たもなにも、今彼女が彼と共に歩いている理由はなんとなく、だ。
これからのことも、彼のことについてのことも刹那はこの時何ひとつとして考えてはいなかった。

そんな彼女が高杉の問い苦笑いで答えると、彼は呆れたのかただの癖なのか、ふんと鼻で笑う。
そうして告げられた言葉は刹那の予想を遥かに超えたものだった。

「俺ァ過激派攘夷党、鬼兵隊総督の高杉晋助だ」

「き、きへい?」

「鬼兵隊、だ」

「へえそうなんだ…って攘夷志士?!」

「るっせェ……静かに歩きやがれ。つぅかおめェ、さっきと比べてずいぶんと雰囲気が違うじゃねーか」

「あ、や、そんなことは……」

とたんに小さくなった声に高杉は眉を寄せる。困ったように目を泳がす少女を横目に彼は思考を巡らせた。

(まぁ今は謎だらけだがおもしれェことに変わりはねェ。それにあの強さだ………手放すにはちょいと、…惜しい)

くつりと笑う高杉を訝しんで、刹那は彼をじっと見つめる。
だがすぐに何かに気づいたようにハッとして高杉に疑問を投げかけた。

「そういえばさっき攘夷党とかなんとかって…」

「あァ?それがどうした」

「やっぱり聞き間違えじゃなかったんですね。私帰りますさようなら」

口早にそう言ってくるりと方向転換。
そのまま引き返そうとした足を彼女が動かすことができないのは、掴まれた腕のせいだ。

「……高杉さん。この手は?」

「ふざけんな。おめェが付いて来るって決めたんだろーが。今さら帰さねえよ。つうかおめェ…帰るとこなんざねェんだろ?」

「……たしかに帰るとこはないけど、此処に居る義務もないっ!」

「………チッ、」

(なんにせよこんなおもしれェもんみすみす手放すわけねェだろう。腕も立つ上によく見ればなかなかの上玉だ。傍に置いて不都合なことなんざねェ)

「どうせ帰るとこねぇならいいじゃねえか。それに付いてくりゃ生活面での不自由はさせねぇぜ?」

「………生活面で?」

「そうだ」

いつもの刹那ならば、どんな仕事だろうが飛びついたであろう、その条件。

だが攘夷志士という仕事だけは別だ。

「……駄目です」

「あァ?」

この人のこの目。
断ってもすぐにそれを了承してくれるような目ではない。
ならばこう言うしかないだろうと彼女は至極言いにくそうに言葉を紡いだ。

「危険、だから」

「おめェほどの腕なら大丈夫だろ」

「…違います。私のことじゃなくて、刀を握る私の近くにいることが危険、なんです。……だからっ」


(─────…寂しい)


「っだ、から………」


(寂しい寂しい寂しい)


本当は独りはいやだ。
孤独が怖くてしかたないんだ。

だけど今まで自分と一緒に居てくれた人々がみんな死んでしまったのも、紛れも無い事実なのだ。それを理解しているせいか、唇を噛み締める彼女からは答えとなる言葉は紡がれない。

(人を斬ることが嫌なんじゃない。そんなことにはもう慣れた)

少女がただひとつ恐れること。
それは自身の手で仲間と呼べる人間を殺めることだった。
それが怖くて怖くてたまらない彼女は、だからこそ独りでいようと決めた。

(斬りたくないなら刀を握らなければいいのにね。弱虫な私はそれすらできない。死にたく無いから。生きたいから)


(……あの人、のために)


だからこそ彼女は今まで、せめて刀に触れることだけは避けてきたのだ。

しかし、攘夷志士の集団に入るということは常に刀を握る覚悟をもつということと同義。

駄目なんだ。もう仲間を失いたくない。失ってしまうくらいなら──要らない。

静かに流れる重たい空気。その中で先に口を開いたのは高杉の方だった。

「おめェが何を躊躇してんのかは知らねぇ。だがそんな目ぇしてんなこと言われても説得力ねぇんだよ」

それに、と彼は言葉を付け加える。

「俺達ゃ強ぇから、お前なんかにゃ負けねーよ…。居場所が欲しいならくれてやらァ。だから、ついて来い」

出会った時とは違う、疑問系ではなくはっきりとした命令口調で紡がれた言葉。まるで己の心情を見透かしたようにそう言う高杉に目を見開く刹那。

(こんな私でも、もう一度仲間をつくることを許してもらえるのかな…)

上を見上げ、きらきらと輝く星々に尋ねてみても当然の如く返事はない。変わりに目に入ったのは妖しく笑う高杉の姿だった。

(…これが、最後)

一度目を閉じ、己に誓った。そして微かに微笑んでひとこと。

「……私は貴方に、付いて行ってもいいんですか?」

帰ってきたのは肯定の返事ではなく、くつくつと喉の奥で笑う彼の笑みのみ。
それでも少女は安心したように小さく笑みを零した。

シアワセの求者

この日の偶然の出会いが後に大きな影響を自分におよぼすことなど、高杉はまだ知る由もなかった。


101219 加筆修正



 
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