さあ夜が追いかけてくるよ。
逃げなきゃ、逃げなきゃ、死にたくないよ。ごめんなさい、ごめんなさい。許さなくたっていい、だからお願い。私を追いかけないで、じゃないと私は。
ああ、駄目だ。追いつかれる。
「 つーかまーえた 」
ぽたり、ぽたり
赤く染まった服の裾から落ちるそれはその服を身に纏っている少女のものではない。
静寂の中、地に伏せている者たちを見下ろしているのは、それら斬った張本人。
暗闇の中でぎらつく双眼は溢れかえる殺気をそのままに宿している。
少女は赤い水たまりの上に立ち尽くし、まるで幼子のように小さく嗤う。
ぽたぽた、くすくす
が、すぐにその笑顔は消え去った。
「よォ」
その声が発されたと同時に少女はその場から飛び退く。
しかし、なにも起こらない。
声のした方向を睨みつける少女の前にゆっくりと闇から姿を現したのは、左目に包帯を巻き、女物であろう派手な着流しに身を包んだ一人の男であった。
──否、それは人間というよりもまるで獣。それを裏付けるかのようにその瞳には狂気が垣間見える。
「んなとこで何してんだァ?」
そう言った獣…、高杉晋助は笑みを絶やすことなく少女に問うた。
「………」
目と目があう。少女の暗く、澱んだ瞳が微かに揺れた。
「クク…この人数をおめェ一人で殺ったのか。見ねえ顔だが何もんだ?その剣、誰に教わ「…っ、」…あ?」
しかし高杉の言葉を遮るかのように少女は突然何の前触れもなく頭を押さえて苦しみだした。大抵のことでは驚かない彼も、少女のその様子には暫し目を剥き、ただ静かにその姿を見下ろすばかり。
そしてようやく顔をあげた少女と見合った高杉は再び驚くこととなる。
なぜならば少女の表情が、空気が、気配が、さっきとは明らかに別物となっていたからだ。
「ここ、どこ?」
少女が呟いたその言葉に、喉を鳴らして笑ったのは言うまでもなく一匹の獣。
綴られるものがたり
「おめェ、名はなんという?」
「…だれ?」
「……高杉晋助。おめェの名は?」
「……刹那」
「クク、刹那、か…。気にいった。お前は俺と似たような獣を体に飼ってるらしいなァ……。その剣、お前の修羅、ちょっくら俺に預けてみねェか?」
別に理由なんてなかった。
ただその声に引き寄せられるようにして、少女は男の手をとった。
まるで暗闇の中で小さな灯火に引き寄せられるかの様に、ただただ、小さな温もりに憧れて。
夜のかぶき町の路地裏。赤い水たまりに映るのは一匹の獣と一人の少女。
そして二人は歩き出した。
101219 加筆修正