それからしばらくして万斉が部屋から出て行き、高杉もいつの間にか部屋から姿を消していた。

布団の上に座り込んで窓の外に目を向ける刹那はその静寂に耳を澄ましている。こんなにゆっくりと夜を迎えたのはいつぶりだろうかと、不意に彼女は頬をゆるめた。

「高杉…晋助…、変なひと」

自分の事情を知りながら、それでも構わないと笑った男。それも一つの攘夷党の総督だ。大きな責任を持つと同時に判断力だって持ち合わせているはず。

「普通なら何の利益にもなんない人間を置いとくわけないよねえ…」

益々読めない男だと彼女は息を吐いた。否、感情を隠して何に対しても同じような目を向ける彼だったが、ひとつだけ刹那にも気づいたことがある。

(私があの人の話をしたあの瞬間だけ、ほんの少しだけだけど瞳が揺らいでた)

それが何故かなんて彼女には検討もつかないが、それでも刹那は微かな可能性を願った。

(あの人の手がかり…高杉さんは何か知らないのかな?)

そんなことを彼女が頭の片隅で考えていた時だった。部屋と廊下を隔てる襖が突然音を立てて開いたのだ。
そしてそれと同時に部屋に駆け込んで来たのは来島また子だった。

「刹那っ、起きたっスか!」

「ま、また子ちゃん…」

目が合って、驚いた表情を隠せない様子の刹那に来島は安心したような笑みを見せる。
しかし未だに胸中に巣くうある思いが邪魔をして上手く微笑み返すことができない刹那は戸惑うばかり。

「また子ちゃんなんで…」

「万斉から目が覚めたって聞いて…もう、心配したっスよ!倒れてからしばらくたつのに全然起きないんスから」

「ご、ごめ」

「あー、刹那が謝ることじゃないっス!それより体は大丈夫っスか?」

心配そうに顔を覗き込んでくる来島に何か熱いものがこみ上げてくるのを感じながら刹那は思わずぽつりと尋ねた。

「……どうして」

「え?」

「また子ちゃんはあの時あそこに居たよね、…私のことも見てたでしょう」

「見てたっスよ」

「じゃあどうして…?」

「ど…どうしてって?」

「私のこと、怖くないの?気持ち悪くないの?」

不思議そうに、ただ純粋にそう尋ねる刹那を見て、来島は驚き、密かに息を呑んだ。
どうしてそんなことを平然と聞くことができるのか、これまでどんな風に接されてきたのか、彼女の今までを垣間見たような気持ちに、来島は柄にもなく胸がずきりと痛むのを感じた。

「何言ってんスか!気持ち悪いなんて思うわけがないっス!」

「でも…また子ちゃん女の子だし…」

その瞬間、その一言に来島の表情は一変した。そんな彼女の顔ははっきりと怒りと悔しさを含んでいて、刹那は驚いて言葉を詰まらす。すると来島が口を開いた。

「…私、その言葉嫌いっス。女だから何っスか。それなら刹那だって女っス!私と何も変わらない…なのになんでそんなこと言うんスか!」

「え…、」

「刹那がそんなこと言うヤツだなんて思わなかったっス!ばか!」

来島は一息にそう言い放つと部屋を出て行こうと立ち上がった。しかし彼女の足を引き止めたのは刹那は一言だった。

「私のこと、女の子って…思ってくれるの…?」

その声は驚きに震えていた。
けれどそれを聞いた来島も、同じくらいに驚く。そして突然何を言い出すんだと、来島が口にするよりも早く言葉を紡いだのは刹那の唇だった。

「あ…あり、が…っ、ううぅ」

「え!ちょ、え?!なんで泣いて…ええっ」

ぼろぼろと涙を零しだした刹那に、先ほどまでの怒りはどこへやら、来島は再び腰を下ろして今度は彼女の背中をさすってやる。そのせいで余計に涙が溢れて止まらなくなったのを来島は知らない。

「ううぅうー…、」

「……もう、しょうがないっスね。さっきのは許すっス」

そうしてぎうと抱きついてきた刹那の頭を宥めるように撫でてやるその姿は、まるで姉のようだったそうな。





所変わって部屋の外。そのすぐ傍には壁に寄りかかり、二人に会話に耳を傾けていた男がいた。
男の口からふうと吐き出された紫煙がふわりと廊下に漂う。

「気持ち悪くないのか、か…」



「お前ら、俺のこと怖くねえの?…気持ち悪く、ねえの…?」



「……ふん、」

男はもう一度紫煙を吐き出すと、今度こそ自室への道を辿った。

幼き日のある銀色の幼子の言葉を、脳裏に掠めながら。

或る夜、の声

ありがとう、ありがとう。
その日世界は優しかった。


101222 加筆修正



 
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