「万斉さん!」
「刹那、大丈夫だったでござるか?」
「はい!」
「そうか。………!」
「?どうしたんですか」
「あれは…」
万斉が食い入るようにして下の船を見つめているのを見て、刹那も同じように視線を船に向ける。
瞳に映ったのはたった二人の侍が数多の天人をなぎ倒していく姿。
「あれが坂田銀時と桂小太郎。…強い。一手死合うてもらいたいものだな」
「坂田、銀時…?」
「ん?刹那。知っておるのか?」
「………いいえ、初めて聞きました」
「そうか」
「「高杉ィィィ!!」」
「!」
突然向けられた怒号に似た声に思わずそちらの方を向く刹那と万斉。
船で暴れまわっていた二人の侍の持つ刀の切っ先はまっすぐに高杉に向けられていた。
しかし先ほどから静かに二人の侍の姿を眺めていた高杉は何ら変わらぬ様子で笑っているだけ。
「「俺達ゃ次会った時は仲間もクソも関係ねェ!全力で…てめーをぶった斬る!……せいぜい街でバッタリ会わねーよう気をつけるこった!」」
ひと思いに叫び終えると船から飛び降りる二人。
しかし飛び降りる瞬間、銀髪の侍の目と刹那の視線が合う。
途端に大きく見開かれたその赤の瞳を刹那は怪訝に思うばかりであった。
「今のひと…誰だろう?」
「クク、ぶった斬るか…よく言うぜ。…にしても刹那、銀時と顔見知りか?」
「ぎん…とき?」
「その様子じゃそういうわけでもなさそうだなァ」
ぎこちなく彼の名を紡いだ刹那に向けて口元に笑みを浮かべて言葉を返す高杉。するとそれを見た刹那は首を傾げた。
「どうしてそんなことを?」
「あァ?別に理由はねえが…、強いて言うならなんとなくだ」
「…そうですか」
(確かにあの"ぎんとき"って人、驚いたような顔してたもんな)
刹那が一人胸中でそう呟くと、高杉が喉を鳴らすのが聞こえて彼女はふいに顔を上げる。
「それよりおめェ、いつの間に刀抜けるようになってやがったんだ?」
「や…、怖かったですよ。すっごく」
「ほぉ…」
「でも、私分かったんです。高杉さんの…鬼兵隊のみんなのためなら私、誰にも負けない。………きっと自分にも」
そう言った刹那を見た高杉は、鬼兵隊に着たばかりだったころの彼女を想う。
「きっとこの先も私はまわりの人を犠牲にしてでもあの人を求めつづけます。だからもう仲間なんて、いらない」
高杉が視線を上げると、そこにある刹那の表情は少し前のそれとはもはや別人のもの。
それを見た彼の柔らかな笑顔に気づく者はだれもいない。無論、本人も然りだ。
「……、そうか」
ぽん、と頭に手を乗せられた刹那は驚いてその場で硬直する。
「え、あ……、は…い」
次に浮かべられた彼の笑顔はもういつものようにニヒルなもの。
そして高杉とは別に、刹那は思うことがあった。
(この感触、前にも一度…)
撫でるような手つきで頭に乗せられる、おおきな手のひら、優しい声色、暖かな胸の高鳴り、泣きそうになるほどの、
(この安心感は…なに?)
「よくがんばったな」
「……っ、?」
一瞬、ほんの一瞬。脳髄に流れた声。
ずきりと鈍く痛んだ頭を抑え、思わず小さく唸る。しかしすぐにその痛みも消えた。
「刹那…?」
「な、なんでもないです!」
急に頭を抑えた刹那を不信に思ったのか、高杉が名を呼ぶも、彼女は大きくかぶりを振って誤魔化す。
そんな彼女の中には、先ほど銀髪の侍がどうして己を見て驚いていたのか、などという疑問はすでに綺麗さっぱり消えていた。
一方そのころの銀時と桂は、船から飛び降りると同時に桂によって開かれたパラシュートにゆらりゆらりと揺れながら、ゆっくりと下降しているところだった。
「…おいヅラ、さっき高杉の隣にいた女……見たか?」
「女?あぁ、あの娘か。あれが前に俺が伝えた娘だ。指名手配されていた…」
「………」
「どうした銀時?突然黙りおって」
「あいつだ…」
「ん?」
「あいつなんだよ……!」
「だからなにが…」
「……、っ刹那だ」
「……は?……そんな、まさか」
「成長してたからすぐには分からなかったが確かにそうだった!俺があいつを見間違えるわけがねぇ!」
「落ち着け銀時!しかしもしそうだとして何故彼女が高杉と共に居るのだ?」
「…っ、分からねぇ…」
「………そうか」
「なんで……、刹那…っ」
しかし名を呼ばれた彼女はここには居ない。彼は彼女から己の記憶がこぼれ落ちているのも知らぬまま、今はただ拳を握りしめるばかりであった。
こうして、ひとつの希望とひとつの疑問を各々の胸に宿したまま、ある大きな事件は無事幕を閉じた。
しかしそこに一つだけ大きな変革。
────男は少女を見つけた。
まぶたの裏側の世界
先の未来など見えはしない。
人が見ることができるのは目の前にある現実と、己の過去の記憶だけ。
だがそれすら許されない少女は、ひたすら現在を生きる術しか知らぬのだ。