春雨船内が慌ただしくなる中、万斉と刹那は船の甲板に出ていた。
「万斉さん、あの…、鬼兵隊から救援要請って…」
「ああ、心配いらぬよ。紅桜の件…、思わぬ邪魔が入ったようでござるが…」
「邪魔……さっき言ってた桂小太郎って誰なんですか?」
「刹那は攘夷戦争というものを知っておるでござろう?」
「……、はい」
「晋助は以前それに参加しておってな。桂小太郎は共に戦った盟友でござる」
「そうなんですか…。あ、あの、銀髪の侍っていうのは?」
「そやつも桂小太郎と同じ、攘夷戦争を生き抜いた男でござる」
「へえ…、」
そう呟いたきり、会話は一時途切れる。
ふいに刹那が空を見上げれば、そこには雲一つ、飛行機一つない晴天があった。
視線を元に戻すと次に目に入ったのは、下方向の空にぽっかりと浮かぶ爆煙。
「あ、万斉さん。あれ、」
「うむ。鬼兵隊の船でござる。」
しかし近づくにつれて鮮明になっていく船の状況を見たとたん、刹那は血の気の引いた顔をして手すりから身を乗り出した。
彼女の目に映ったのは見るも無惨なほどに襲撃を受け、今にも墜ちてしまいそうな鬼兵隊の船だった。
「ば、万斉さん…!」
「……大丈夫でござるよ。ほら、」
そう言って船の方に指を指す万斉に従い、視線をそちらに向けると、船の甲板に誰かが立っているのが分かる。
紫の、派手な着流しが風に揺れた。
「っ、たか、すぎさん…」
思わず名を呼んで、ほっと息をつくと、万斉が隣で微笑んだのが分かった。だが、その表情もすぐに引き締められる。
「…、しかしあの船はもう駄目でござろう。晋助たちをこちらの船に乗り換えさせねば…」
「私、行きます!」
「しかし刹那…お主は刀を…」
「大丈夫です」
刀を抜くことができないだろう、と言う万斉の言葉を遮り、まっすぐな目をして刀を握りしめたのは刹那。
「きっと…、大丈夫」
生きるため戦うのではない。
自分のために戦うのではない。
「自分の命しか護るものが無かった私に護るものをくれたのは高杉さんだから。
だから何があってもあの人は私が護る」
「…………」
「もう自分を見失ったりしません」
「……、そうか。ならば…晋助を頼む」
「っ、ありがとうございます…!」
そうして春雨の船が鬼兵隊の船の横につくやいなや、数十の天人が船に降りていく中で刹那も同じようにして駆けた。
大事な総督を、何の根拠もない自分の言葉を信じて任せてくれた万斉への感謝と、どこからか溢れる暖かい何かを胸に抱き、向かうは高杉のもとへ。
「っ、高杉さん…どこ?!」
天人の介入により、乱闘は激しくなる一方。その中で高杉を見つけ出すのは至難のわざであった。
そんな中、ふいに聞こえた声に刹那は足を止める。
(この声、前に一度……)
そっと物影から顔を出すと、そこには桂と高杉の姿があった。
「高杉さん……!」
刹那が駆け出すのと同時に別の場所から姿を現したのは天人だった。
桂がその天人と剣を合わせた瞬間、高杉は刹那の姿を視界に捉える。
「刹那?テメェどうしてここに…」
「話はあとです!早く向こうの船に移って下さい!」
「…あァ」
高杉が歩き出したのを確認すると刹那は一度目を閉じ、深く息を吸った。
そして直後、勢いよく刀を鞘から抜く。
それには高杉も僅かに目を見開いた。
一方、刀を構えているだけにも関わらず、刹那の額からは一瞬にしてじわりと汗が滲み出た。
「テメェ何して…」
「………っ、護ります」
「………」
「っすべてのものから…、貴方を護る。そのためならば私は、自分にだって…負けません!」
「刹那…」
「それに私、万斉さんと、約束しましたから…っ」
そう言ってどこか誇らしげに、しかし泣きそうに笑う刹那を見た高杉は密かに口元を緩ませた。
「……、そうか」
「行きましょう高杉さん、道は私が作ります…!」
強く刀を握りしめた刹那を見て高杉はニヤリと笑う。心なしか、彼女の目にはその笑みがいつものそれよりもほどけたように見えた。
そうして瞬く間に二人は春雨の戦艦へと乗り移った。
あの空の終わり
そして二人が無事船内に乗り移った直後、刀を鞘に収めた刹那が小さく呟いた。
彼女の目は己の両手の平を、驚くようにして見つめている。
「…高杉さん、こんなの初めてです」
「あァ?」
「白刃を抜いても、私でいられた…!」
「……そうか」
「はい!」
嬉しそうに笑う彼女は心中で思う。
(きっと私にとって高杉さんは今までの人とは違う、特別な人間なんだ)
(この人とならいつか、本当の自分を取り戻せるかもしれない…それに、)
(いつか、あの人を…見つけることもできるかもしれない)