あの祭りの夜から数日が経ち、江戸の街で一人の攘夷浪士として新たな指名手配犯が公表された。

名前も性別も素顔も経歴さえも不明。街で張り出されている指名手配書には狐の面をつけた人物の似顔絵だけか記されている。

あまりにも少ない情報量の中、その人物が見つかるはずがないのは誰の目から見ても明らかであったが、それでもそれほどまでに幕府が注目する人物とは一体何者だろうと、民衆の興味をひくには十分だった。




そしてその頃、鬼兵隊内部のある一室では、総督とその新たな指名手配犯である刹那が同じ部屋で茶をすすり、話をしていた。

「クク、よもやうちの刹那さんも立派に攘夷浪士の仲間入りってわけだ」

「ちょ、高杉さんマジで笑い事じゃないですよコレ…、てか私だれも斬ってないどころか刀だって抜いてないのに何で指名手配までされなきゃいけないんですか…!面倒事は避けたいのに…」

「それが向こうにとっちゃ問題なんだろう。刀すら抜かずに真選組の副長さんと対等にやり合っちまったら、そりゃあ幕府も野放しにゃできねーだろうさ」

「…っていっても多分あのひと全然本気なんかじゃ無かったと思いますよ」

「ほォ、どうしてそう思う?」

「あの人…殺そうしてるっていうよりむしろ私の様子を伺ってるような戦い方でしたから…」

「クク、そりゃ面白ぇじゃねえか」

「何も面白くないですよ!指名手配ですよ指名手配っ!何も悪いことしてないのに!!………まだ」

「別に問題あるめェ。どうせ顔も名前も彼方さんにゃ知られてねェんだ。あの面つけなけりゃ、おめェがふつうに街歩いてたって誰も気づきゃしねーだろ」

「…まあそうでしょうけど」

「ならいーじゃねぇか。それにせっかくだ、ツラ割れてねェうちは幕府の連中と顔合わせる時はそれつけとけや」

高杉の言うとおり、指名手配されるということ自体は自分が思うよりも問題は無さそうだということが分かると、ようやく肩の力が抜けたのか、さっきよりも柔らかな表情で刹那は高杉に問うた。

「そういえばあの時のお坊さんってどなただったんですか?高杉さんの知り合いだったみたいですけど」

「……あいつは坊主なんかじゃねぇよ」

「え?じゃあ…」

「ただのヅラだ」

「ああ、ただのヅラですか。……って、え…?ヅラ…?」

「クク、まァあいつもある攘夷党を率いているが…とにかくただのヅラだ」

「分かりました、覚えておきます」

高杉の言葉を聞いた刹那が思わずクスリと笑ってそう言うと、ふいに驚いたような高杉の顔が彼女の目に留まる。

どうしたんですかと刹那が声をかけると高杉は顔をそむけ、少し間をおいてから

「……なんでもねえ」

と、顔をそむけたままそう呟く。
そんな高杉に刹那が首を傾げていると、バタバタと忙しない足音とまた子が刹那を呼ぶ声が廊下に響いた。

「あっ、また子ちゃん帰ってきてたんだ!何かあったのかな?……では高杉さん、失礼しますね」

「……あァ」

それからすぐに立ち上がり、部屋を出て行こうとする刹那の背を高杉はちらりと見て、また目線を窓の外へと移す。
刹那が部屋を出たのを確認すると、大きく紫煙を吐いて、独り言を呟くように小さく言葉をこぼした。

「あいつ、あんな風に笑うんだな…」

高杉は今まで何度か刹那が笑う姿を見ていたが、あんなに穏やかな笑顔は初めて見た。
今高杉が歩んでいる世界はあのような笑顔とは無縁の世界。

高杉を慕うものは少なくない、しかしそのほとんどが組織の中での彼の存在に対してであり、高杉晋助という個人に向けられているものではない。しかし今の刹那の笑顔は確かに彼自身に向けられたものであったといえるだろう。

彼の記憶にある中で、最後にあのような笑顔を見たのはもうずっと昔のことだ。

それは今でも自分の世界そのものであり続ける、たった一人の大切な師の笑顔。

「懐かしい……、か」

だがそのような感情は今の自分にとっては必要のないもの。だから刹那に自分の想いを悟られることのないよう、すぐさま目をそらしたのだ。

「それでも俺はただ壊すだけ、だ」

捨てきれない郷

胸に秘めた獣が漏らした言葉を知るは、部屋をただよう紫煙のみ。


101223 加筆修正



 
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