「てゆーか高杉さんの会いたい人って結局誰だったんだろ?」
祭り会場は騒然としており、だれもが騒ぎの中心部から離れようと走る中、刹那は顎に手を当て斜め上目線で逃げる人々の流れに逆らって歩く。
「…ま、それはいいとして。私は邪魔しそうな人たちの相手してればいいんだよね、でもその邪魔者ってだれよ?……てゆうかもしかして私が邪魔者だったんじゃ……」
深くため息をつきながら、なおも彼女は歩みを止めない。そして進むにつれてだんだんと大きくなってゆく刀が交わる鋭い金属音に目を細めた。
「う、え。結構激しいなー……、ん?」
そう呟いた刹那の目に入ったのは暴れまわるからくりと対峙する黒の集団。侍と同じく刀を握り、戦っているその姿は、たとえるならば鴉のよう。
「あれがまた子ちゃんが言ってた真選組ってやつらかな?」
それを認識した瞬間、刹那はああそうかと手を打った。
(真選組は私たちの敵らしいから、そいつらと戦っているからくりはどちらかといえば私たち側の存在なのだろう。本来祭りの見せ物であるからくりに暴れさせる──それがこの祭りの本当の見せ物。高杉さんが言ってたのはこのことか)
「…とりあえず私は真選組とやらの相手をしますかね。……あ、でもなあ…」
せっかくまだ顔を知られてないのに自分から出て行くのはなんか勿体無いような気がする。でも何もしないでいるのでは此処に来た意味もないし。
そう考えた刹那がうーんと頭を悩ませていると、ふと目に入ったのはひとつの屋台。そこにはたくさんのお面が飾られていて、それを見た刹那は思わずニヤリと口角をあげる。
「この手があるじゃん…!」
────────────
──────………
「ちっ、キリがねえ!近藤さん!そっちはどうだ?!」
「どうもこうも俺の愛刀虎鉄ちゃんがァァァ!!!」
「ったく、刀の一本や二本折れたことくらい落ち込むこっちゃねぇだろ」
「だってまだローンも残って……ん?」
「今度はなんだ近藤さん」
「あれは…、」
「ん?」
近藤の視線の先には華奢な体格をした何者かが一人ぽつんと立ちつくしていた。祭り客だろうか、その顔には狐の面が付けてられていて下にある表情は見えない。
激しい戦塵の中、落ち着き払った様子で静かに土方たちを見据えるその姿は一言で言うならば奇妙。
そしてどこか不気味だった。
「なんだ、あいつ…」
「まさか…逃げ遅れた一般人か?!」
「いや違ぇ…、」
あの雰囲気は動けなくなった人間のものじゃない、なぜならばそいつからは焦りや不安などという空気は微塵も感じないからだ。
そう不審に思った土方は眉をひそめ、それに近づこうとすると、それ突然彼らに向かって走りだした。
さきほどは分からなかったが、それの手には鞘に収まった真剣がしっかりと握られていることに土方はその時ようやく気がついた。
「っ、」
刀を構えた刹那、それの持っていた鞘が土方に襲いかかる。その圧力だけで並大抵の浪人でないことは分かる。が、しかし、耐えられないほどの力ではない。押し合ったままの状態で、土方は口を開いた。
「てめぇ…なにもんだ?どうして刀なんて物騒なモン持ってやがる」
「……」
「…答える気はねえってか。まあいいさ、どっちにしろお前は俺たちの仲間じゃねえ。たたっ斬るのみよォ!」
土方が刀を押し戻し、一度間合いをとると即座に再び交わりあう刀と刀。
狐の面の下でそれ…刹那は人知れずくつりと笑みを零した。
刀を鞘から抜かぬまま土方の太刀を受けるばかりで一向に攻撃の素振りすら見せない刹那。
暫くの間その攻防戦が続き、だんだんと互いの息が上がってきたころのことだった。
「は…、てめぇ…舐めてんのか?」
「……、…」
「刀抜かねえどころか殺気もまるでねぇ、いったい何が目的だ?」
「……、」
「…それに、てめぇ…ドゥン!!─っ、なんだ?!」
最初の爆発音を皮きりに、次々と続く上がる爆発音と煙。
それには刹那も驚き、即座に土方から距離をとると、まわりを見回す。
「…おい、引くぞ」
「!…高杉さん」
刹那の耳元で低く聞こえた声は高杉のものだった。
どうやらあたりのからくりを次々と爆発させていったのは彼のしわざらしい。
真選組があれほど手を焼いていたものをたった一人でいとも簡単に切り倒してしまうとはやはり恐ろしい人だと思いながらも、刹那は素直にその言葉に従い駆け出した。
幸い爆発したからくりによる煙が上手く煙幕として働き、追っ手は誰一人として居なかった。
「トシ!大丈夫か?!ところでさっきのやつは一体……」
「……」
「トシ?」
「あいつ何もんだ?俺を殺そうとする素振りも見せねぇ、刀も抜かねぇ……攘夷浪士にしちゃあ何か変だ」
「……」
「それに、…多分、あいつ男じゃねぇ」
「まさか女だったと…?トシにも引けを取っていなかったように見えたが…」
「確信はねぇよ、ただ……」
そこまで言うと土方はたばこに火をつけ、口から紫煙を大きく吐き出した。そして怪訝そうな瞳を夜空に向けながらつぶやく。
「ただ、どこか儚げに見えたもんでな」
────────────
───────………
翌日、ある掲示板の前に高杉と刹那は立っていた。
その掲示板には平賀源外の似顔絵と、その人物を指名手配しているという事実が示されている。
「どうやら失敗したようだな」
その声に刹那が振り返ると、昨日高杉と話をしていた様子の、坊主のなりをした男がそこには立っていた。一方高杉はというと目線だけをその男に向け、ゆっくりと口を開いた。
「思わぬ邪魔が入ってなァ、牙なんぞとうになくしたものと思っていたが、とんだ誤算だったぜェ」
「何かを護るためとあらば、人は誰でも牙をむこうというもの。……護るものも何もないお前はただの獣だ、高杉」
その言葉を聞き、にやりと笑う高杉を刹那は黙って見つめ続ける。
「獣でけっこう。俺には護るものなんざないし、必要もない。……すべて壊すだけさ、獣の呻きが止むまでなァ」
そうして歩きだした高杉に慌てて付いて行こうとする刹那に向けて咄嗟にその坊主は話しかけた。
「待て、おまえは何者だ?」
「え、わたし?」
「あぁ。鬼兵隊の者ではないだろう」
「あー…新しく入ったばかりなもんで。名前は……って高杉さん行っちゃううう!すいません、またいつかお会いしましょ!」
「あっ、おい!」
高杉の姿がだんだんと遠のいていることに気がつき、名前をつげる前に駆け出す刹那。あっという間に見えなくなったその背にその坊主のなりをした男、桂小太郎は囁いた。
「あの娘…どこかで会ったことがあるような気がする……」
そのつぶやきは誰の耳にも入ることなく、風に流されていった。
面隠しの真実
さて最初に気づくのは誰だろう?
101222 加筆修正