「万斉さ、ッ!」
刹那がその名を呼ぼうとした瞬間に息をつまらせたのは、万斉の腕に巻かれた包帯が目にはいったからだ。今にも泣き出しそうな程に顔を歪める彼女に向けて万斉は小さく微笑んでみせた。
「刹那、目が覚めたのか……。よかったでござる」
「万斉さん、その、腕は……」
「む?あぁ、大したことは無いでござるよ。来島殿がちと大袈裟に手当てをしただけ故」
「でもそれは私が…!」
「とにかく、拙者は大丈夫でござる。刹那が気に病むことは無い。それに元はといえば拙者が初め刹那に斬りかかったのだから」
「それは、違います!私は、あの時…」
ただ目の前にいる人間を殺すことしか考えていなかった。しかもそれはそれは嬉々として。
そう伝えようとした瞬間、
「アレが刹那でないことは分かっているでござるよ」
「え、…」
万斉がはっきりと言ったその一言に声を呑む刹那は、ただただ目を見開き、黙って万斉の話を聞く。その隣で高杉がくつりと笑った。
「今のおぬしは対峙していた時とはまったく魂のリズムが違う。今の刹那は出会った時となんら変わりないが、アレは…無、だった。あんなのは拙者も初めてだったが…」
「無…?」
「そうでござる。……単純に雰囲気もぜんぜん違ったのだがな」
「………つーことだ、刹那」
「え、?」
「アレはおめェじゃねえ。つーことは万斉斬ったのもおめぇじゃねえってことだ。ならおめェがここから去る理由なんざねぇだろ?」
「そっ、それは違います!」
「晋助の言う通りだ刹那」
「万斉さんまで、なんでっ」
「刹那のリズムが気に入った」
「え?」
「ただそれだけでござるよ」
「………………」
「刹那、総督命令だ」
「っ、……ど…して」
「刹那?」
「どうして、そんなに優しいんですか?
私はいつ、あんな状態になるのか分からないんですよ…?なのに…」
「優しい?馬鹿言ってんじゃねぇ。
俺たちはそんなんじゃねぇよ。
俺はただ興味が湧いた、そして万斉や来島たちはおめぇを気に入っている。理由なんざそれだけだ。ま、それでも出ていきてぇなら好きにすりゃいいさ。
……おめぇはどうしたいんだ」
「わたし、わたしは……」
自分の事情を知っていて、共に居てくれる人など、刹那にとってはこれまで出会った人々の中で初めてだった。
最初こそ気まぐれでついてきただけ。
そして自分を試す意味で船に乗った。
久しぶりの人との交わりは懐かしくて、やっぱり暖かくて。
彼女は幸せというものを思い出した。
(嗚呼、こんなにわがままな私を誰が許してくれるだろう。きっと誰もいないと、そう思っていたのに)
孤独と修羅の渦の中、見えた光は確かに、今目の前にあった。
「……一緒にいても、いいんですか?」
「だからそう言ってんだろうが」
だから今一度、今度は自分ではなくあなたに誓います。
私はあの人を求め続けることは止められない。けれど、私をまっすぐに見てくれたあなた達を傷つけることも、もう二度としません。
私は私の修羅と向き合い、戦います。
そして強くなることを、誓います。
涙の数だけ抱きしめて
次に刹那が顔を上げた時、そこにあったのは覚悟を決めた少女の瞳。
わずかに涙で滲んだそれには、凛とした強さがあらわれていた。
「なんだァ?おめえ、ずいぶんと涙腺が弱いらしいな。クク」
「ずびっ、違いますよ!これはあれです、目から汗が出ただけです!」
「刹那……ぷっ、」
「万斉さんまで笑わないで下さい!」
「やっと表情が戻りやがったな……」
「…?高杉さん、何か言いましたか?」
「………何でもねぇよ」
101221 加筆修正