「高杉さん、私ね、幼いころに両親を亡くしたんです」
つぶやくように話し出す刹那の言葉に返事を返すでも相づちを打つでもなく、懐から取り出した煙管をふかす高杉の目線は、窓の外へと向けたまま。刹那の声だけが部屋に響く。
「父とは別々に暮らしていましたからあまり覚えていないんですが、父も母もとても優しくてすばらしい人間だったと言うことははっきりと覚えています。本当に、本当に大好きでした。ですが攘夷戦争が始まり、攘夷の志を持っていた両親は幕府に…。あんまりですよね。きっと自由な思想なんて認められる世の中じゃなかったんでしょう」
すると悲しそうに眉を寄せて話を続けていた刹那は、突然ふと自嘲するような笑みを浮かべ、再び言葉を紡いだ。
「…私はなんとか逃げ延びました。走って走って、たどり着いたのは一件の空き家。もしかしたら、そこに住んでいた人も幕府に粛清されてしまっていたのかもしれません…。とにかく何日間かはその家の隅で震えて過ごしました」
ここで一度言葉を切り、また口を開いた彼女のかすかに震えるその声にちらりと高杉が目を向けた。
「そしてその数日後、………あの人と出会ったんです」
うたかたの記憶
ふわふわと部屋を包むのは高杉の持つ煙管から溢れた紫煙。
刹那にとっては慣れていないはずのその香りにどこか落ち着いてしまうのは、やはりその持ち主の今の空気がそうさせているのだろうか。
「だけどさっき言ったとおり…、どうしてもその人の名前と顔が思い出せないんです」
「今も分かんねぇのか?」
「……はい」
刹那自身もそれが何故かは分かっていなかった。たしかに共にすごした日々は覚えているのに、顔を思い出そうとすれば頭にもやがかかったようになり、何も思い出せないのだ。
「あの人はあたしを孤独から助け出してくれたんです。……だけど、」
「?」
「どうしてか、気がついた時にはその人は居なくなってしまっていました。悲しくて苦しくて、……その頃のことはあまり覚えていません。そして多分その時生まれたんでしょうね…、」
「それが昨日のアレか」
「…高杉さんは二度目でしょう?」
「あぁ。だが初めて見た時はもう周りの奴らが事切れたあとだったからなァ、……つーことは奴らも…」
「は、い…、記憶が曖昧ですが。多分…、昔の、仲間です」
「なるほどなァ…、」
「…じゃあそろそろ私、行きますね」
「………?」
「無意識にでも仲間を斬り殺そうとしてしまう、なんて…組織の中では危険分子以外の何者でもないでしょう?……黙っていて本当にごめんなさい、ちゃんと言っていれば万斉さんは怪我なんかしなくてすんだのに……」
本当はそんなことはないのだ。きっと理由を知っていようがいまいが、高杉は万斉に同じことを命じただろうから。
しかし高杉はそれを口にはせずに頭の中だけに留めておく。
「私が分かる限りのことはもうすべてお話ししました。もうこれ以上お話できることはありません。……失礼します」
刹那は再び立ち上がり、部屋の外へと足を進める。
その時、突然がらりと開く襖。
二人がそちらに目を向けると、そこには襖を開けた人物、万斉が立っていた。
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