──…私、どうしたんだろう

たしか万斉さんと手合わせしてて、………そうだ、気がついた時はもう私は万斉さんを斬る直前で、胸の中で嫌だと叫んだとたんに体の力が抜けて………。

嗚呼、仲間相手には刀を握らないと決めていたのに、また、同じことを繰り返してしまったのね。
どうして?何で私はこんなにも弱いの。
仲間よりも自分の命を選んでしまった。

孤独を怖れてここに来たのに、たしかに私は救われたのに。

どうして、どうして……。




ねえ、会いたいよ。
あなたに会いたい。
そのために、そのためだけに私は──…




「────…わた、しは」


静かに涙が頬を伝う。
目覚めた刹那の目に映ったのはまだ見慣れぬ天井。昨日彼女に与えられたばかりの部屋のものだ。

「っ、…」

布団から起き上がり、必死に涙を拭うが、こぼれ落ちるそれは止まることなく頬をすべってゆく。

「……ふ、…私、馬鹿だなぁ」

刹那は小さくぽつりとそう呟くと涙はそのままに立ち上がる。

「…もう、ここには居られない」

せめて目が覚めるまで船に置いてくれたことを感謝しながら刹那が傍らに置いてあった刀を腰に差し部屋を出ようとした、その時だ。

「どこへ行く?刹那さんよォ」

「………高杉さん」

「クク、随分とひでぇ面じゃねぇか」

「………私、やっぱり船降ります」

「あァ?」

「ごめんなさい、短い間でしたけどありがとうございました」

「どうして船を降りる必要がある?」

「何を言ってるんですか…っ、だって私、私は、仲間を…!」

「アレは俺が仕向けた結果だ。おめェと本気で刀を合わせるように万斉に言ったのも俺だ。万斉だってそんくれぇ分かってらァ。お前はそれに応戦しただけで…」

「違うんです」

「………?」

「私は向かってきた相手に応戦したとか、そんなんじゃないんです。ただ単純に、仲間とか敵とか関係なしに、殺すことを楽しんでるだけなんです。その証拠にもう何も覚えてない」

「………」

「だから刀を握ったら最後、まわりに味方しか居なくてもそんなの関係ないんです。理性が飛んで、気づいたらいつも私の周りは真っ赤に染まってる。今回は誰も死ななかったけれど、次は分からない…っ、だからもう、ここには…」

居ることはできないんです、と消え入りそうな声で呟く刹那をじっと見つめる高杉。そしてしばらく間を空けてから彼はひとつ問いかけた。


「ひとつ…聞きてェことがある」

「……なんですか?」

「お前はどうして江戸に来た。おめェがそうなっちまうのにも何か関係してんじゃねぇのか?」

その言葉を聞き、驚いて高杉を見る刹那。そしてゆっくりと口を開いた。

「さすが、ですね。
……高杉さんの言うとおり、江戸に来たのにはちゃんと理由があります」

「その理由ってのは何だ?」

「………」

「そのくらい聞いても問題あるめェ。別にそれ聞いてどうするわけでもねぇんだからよォ」

「……人、を探してるんです」

「人?」

「はい…、もう生きてるかどうかすら分からないんですけど…。せめて手がかりだけでも、と」

「そいつァ誰だ」

「それが…名前が分からないんです」

「あァ?なんだと?」

「名前どころか顔も…ちゃんと知ってるはずなのに何故か思い出せないんです」

「おめぇ……」

「ちょ、そんな目で見ないでください!
そこまで馬鹿なわけじゃないですよ私っ!私だって何で思い出せないのか分からないんです。ただ…」

「……ただ、なんだ?」

「……その人が私にとって、とても大切な人だったということだけはちゃんと覚えています」

(大切………か。)

瞬間、高杉の脳裏をよぎったのは目に焼き付いて離れない、幼き日に共に生きた師の背中。

「その人が……………、私の世界そのものだったんです」

「っ、」

(────…先生、)

この時、ついこいつは自分と似ているのかもしれない、と思ってしまったのは紛れもない、高杉本人だった。自分の追い求めている人物を、"世界そのもの"として想っている彼女を見て。

「私、諦められないんです。あの人を。
……今回のことで再確認しました。
きっとこの先も私はまわりの人を犠牲にしてでもあの人を求めつづけます。
だからもう仲間なんて、いらない。……本当は、こうなるかもしれないのは分かっていたんです。その時はもう…死んでしまおうと思っていました。……なのに…っ、」

(そうだ、この女は俺と同じだ。
自分の大切な人を想い、生きている。
ただ、俺と違ってこいつはまわりの人間に対して優しすぎる。そして自分に関しては鈍い)

それは高杉には人を傷つけたくないと嘆くのに、それ以上に彼女が傷ついているようにしか見えなかったからだ。

その時彼はなんとなく、この少女を手放したくないと思った。

それは自分と似ているから?

いや、理由なんて分からないし、たいして必要もないものなのだろう。
ただこの日、この瞬間から、高杉の中での少女の存在が興味から関心へと変わったことは確かだ。

界を形作るもの

ちらつく面影すら愛おしくて。

101220 加筆修正



 
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