「ひハ、は…あ!アはハハは!」
少女の嗤い声にまわりは唖然とする。響く声は止まない。
「いっしょにアソぼーよ、おにイさん」
その言葉と同時にいつ刀を抜いたのか、凄まじい速さで万斉に切りかかる刹那。
彼女の突然の変貌に頭が追いつかない万斉だが、反射的にそれを防ぐ。
「くっ、どういうことでござる!お主、何者だ!!」
「ナニモノ?面白いなァ、おにいサンは。あたしは刹那だよ、刹那。ずっとお話してたでショう?」
「本当に、刹那なのか?」
「だカラそうだって…ばァ!」
ひゅ、と風を斬るように繰り出される重たい一太刀を受け止めながら万斉は必死に考えを巡らせていた。
(っ、これが本当にあの刹那?かたくなに抜こうとしなかった刀をやっと抜いたかと思えば……一体どういうこ…)
しかしそこで万斉の思考は一度途切れる。なぜならば思わぬ所から蹴りがくりだされたからだ。
「ガッ、は…!」
見た目からは到底、刹那から繰り出されたとは思えないその蹴りの衝撃は万斉の腹部に直撃した。
「余計なコとなんて考えてると死んじゃウよお?オにいさん」
そう言ってまた刀を振りかざす刹那。
そのとき、遠くから高杉の隣で戦いを見ていた来島が口を開いた。
「し、晋助様?刹那……どうしちゃったんスか?なんか様子がおかしいっス!」
「あれは…………」
「え?」
「いや、まさか、な…」
来島が隣を見れば目を見開いて驚きの表情を見せる高杉が居た。
しかしその後は何も言わず、何か考えるようにして刹那達の方をじっと見ている。
「晋助様……?」
「あーあぁ、ツマラナい」
「っ、刹那?!」
来島が刹那達の方に視線を戻すと腕に怪我を負った万斉と、さも楽しそうにけらけら笑う刹那が目に入った。
「ね、オニいさん。そろそろオしまいにシよーよ。私もう飽キちゃったから」
「本当にどうなってるでござる……お主、刹那ではないだろう」
「……どうもシテないし、あたしはアタシだよ。……もういいかなあ?」
今まで見せていた笑顔を消し去り、冷たい目で言い放つ。
「つまんナイのぉ」
そう言って振り上げられた刀を再び避けようとする万斉。だがしかしどん、という音を立て、背中にぶつかったのは壁。
気づかぬうちに誘導されていたことにようやく気がつくがもう遅い。
「っ?!しまっ……」
「ばいバイ、おにイさん」
襲いかかってくるであろう痛みに万斉が思わず体を硬くした、その時だった。
突然ぴたりと静止する刹那の刀。
「…う、……っ」
「………刹那?」
見ると刹那の目からは大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちている。
驚き、目を見張っていると涙を流しながら刹那がつまらなそうに笑顔を消し、冷え切った無表情を見せた。
「っ…ちぇ、今日はココまで、みたいだネ。抵抗なんかしちゃって馬鹿みたイ」
「………何を、言って」
「じゃあ最後に、おにイさんにいいこと教えてあげルう」
「……、」
「この子には仲間ナんて必要ないの。この子だっテ本当は望んでいのよ。…仲間なんてもの」
「何を…っ、」
「じゃ、またね。オニーサン」
そう言うやいなや意識を無くした刹那。
倒れ込みそうになるその体をとっさに受け止めた万斉だが、刹那の変化に怪訝な表情を浮かべたままだ。
それは万斉だけでなく、今まで唖然としていたまわりの人間もまた然り。
ただ一人、高杉を除いて──……
「………万斉」
「晋助、刹那は……」
「さあな。俺もさっぱり分からねェ」
何者なのか、と問う前に返事が返ってきたことに少しばかり驚く万斉だったが、今はそれどころではない。
「ククク、まぁ後で本人に聞いてみりゃ分かるだろうよ……」
「……ふ、拙者が斬られそうになったというのに随分と落ち着いているようでござるな」
「あァ?昨日油断するなと言っただろーが。やられるおめェがわりぃ」
「…………ハァ、」
「クク、面白ェもん見せてもらったし、俺ァ部屋に戻る。おめェは刹那を部屋にでも運んでやれや」
「…………了解した」
船の中へと姿を消す高杉に遅れて万斉も船の中へと入る。
万斉に運ばれる刹那の頬の上をもう一度だけ伝った雫は、誰にも気づかれぬまま小さく地面をはじいた。
呻きやまずして咲く華は
脆く、儚い華だった。
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