「……なあ、お前なにしに来たの」


時刻は午後2時半。万事屋にてくつろいでいる伊織に向かって、銀髪の彼は呆れたふうにそういいました。

彼女は手にしていたジャンプからちらりと目を逸らし彼のほうを見ます。

伊織の目に映ったのはめんどくさそうに自分を見つめる彼の姿でした。

彼女は答えます。


「あんたのことだし、仕事もなくて暇してるだろうと思ったから可愛い幼なじみがわざわざ遊びに来てあげたのよ。なにか文句でも?」
「遊びにきた?ジャンプ読みに来ただけだろうがコノヤロー」
「小太郎は来ていないの?」
「ヅラあ?あいつはそういつも来てるわけじゃねえけど、…つーか何、あいつに用があんの?」
「まあ、ちょっとね」
「…なんだよ、期待させんなっつの…」
「いま何か言った?」
「なんでもねーよまな板女」
「そう、ならいいわ変態パーマ」


ぷいと互いに背けた顔を伊織はジャンプへ、銀時は窓の外へと向けました。

空は秋晴れ。天気のせいか、町を歩く人々は皆陽気に見えます。

銀時は小さく小さく呟きました。


「……平和だな」
「いいことじゃない」


ぺらりとページを捲る音がします。
即答で返事が返ってきたことに多少驚きながら、銀時はもう一度伊織のほうを見向きました。

彼女の視線はやはりジャンプに向けられたままで、けれど口元には柔らかな笑みが見えます。


「私達こんな日常を願っていたのよね」
「…ああ」
「だからやっぱり、頑張って生き残ってよかったと思うわ」
「…ああ、そうだな」


いつの間にか銀時の口元にも笑みが浮かべられていました。

彼はそっと目を閉じます。
次に瞼を上げた時には目の前に伊織が立っていました。


「生きてるから、あんたの生まれた日を祝うことができるのよ」
「まあ、そうかもな。…え?」
「今日でしょ、誕生日」
「あ」
「忘れてたのね。銀時らしいわ」


くすくす。いたずらに笑う声がします。


「覚悟なさいね。もうすぐ平和だなんて言えなくなるわよ」
「あ?」
「ある人はへんてこなプレゼントを持って来るかもしれない」


伊織は部屋の中を歩き出します。ゆっくりゆっくり。歩き出します。
溶けるように、声を紡ぎます。


「ある人は見たこともないくらい、大きなケーキを持って飛び込んでくるわ」


銀時からは伊織のかおが見えません。けれど彼女の声色が笑っているように、彼女の表情もきっとそうなのでしょう。


「あんたがめったに飲めないようなお酒だって、誰かさんなら持ってきてくれるかもね」


くるりと振り向いた伊織はやはり笑顔を浮かべていました。

めずらしい。それを見た銀時は目を大きく開いてきょとんとしています。

ますますにっこり微笑む伊織は玄関へと向かいました。
はたとそれに気がついた銀時は彼女を呼び止めます。


「ちょ、おい!帰んの?」
「あらら、寂しいの?」
「は?!………そーじゃねえけど。いきなり来ていきなり帰るってあれだろ…、あー…と、…勝手だろ!」
「ふはっ」
「?!」
「…安心して。帰るんじゃないわよ。お出迎えに行くだけ」


吹き出した伊織を銀時がじとりと睨みます。
睨みながら、尋ねます。


「…お出迎えって?」
「だからさっき言っただろうがよ」
「おいてめえまた口悪くなってっぞ」
「煩いわ。小太郎じゃあるまいし」
「いやそういう問題じゃ…」


と、その時でした。
銀時と、銀時の後方にあったはずの窓が豪快に吹き飛び、辺りにぱらぱらと木片が散ります。

どかんと響く轟音が鳴り止めば伊織の足元には床に伏している銀時と、けむりの中から出てくる三人の姿がありました。


「あら、出迎えは不要だったみたいね」
「おお伊織!もう着いていたのか!遅れてしまってすまんな」
「こいつのクソ操縦のせいだろ。俺たちを殺す気かこの毛玉」
「あっはっはっは!いやー、気持ち悪うてなーんも見えんかったきに!無事辿り着けただけでも誉めてほしいぜおぼろろろろ」
「無事じゃねえだろ家主に船突っ込んでるだろ!ほらよく見て!家なんか半壊してっからね!」
「あ?なんだ居たのか銀時」
「ここ俺んちィィィィ俺家主ィィィィ」


なんという強運でしょう。
吹き飛ばされたはずの銀時はたいした怪我もない様子でがばりと起きあがると三人に向かって叫び散らしています。

呆れたように、楽しそうにそれを見つめていた伊織でしたが、すぐ隣に転がっていた大きな箱にふと目をとめます。

不思議に思って持ち上げてみればずっしりと重たいそれ。
とたんに彼女はわあと声をあげました。


「なんだ?どうした伊織」
「これってケーキ?」
「なに?!」


ケーキという単語を聞いたとたんに銀時は目を輝かせます。こんな時にばかり素直になる彼の性格は昔から何も変わりません。
伊織は大きなため息をつきました。


「…あんたって奴はほんと……」
「あっはっは!わしからのプレゼントじゃきい!特注の金時サイズじゃ!」
「よく分かってんじゃねえか辰馬!あと俺は金時じゃなくて銀時…、だ……」
「? どうしたの」
「………、…… 」


嬉々とした様子でケーキの箱を開けたとたん、銀時が突然黙り込みました。
思っていたのと違う彼の反応に伊織は首をかしげます。
するといつの間に移動したのか、高杉が伊織の頭に腕を乗せてこう言いました。


「まあそりゃそうだろうよ」
「あれ、晋助いつの間に」
「あんなとこまで吹っ飛んでたんだ。中身が無事なわけねえだろ」
「…ああ、なるほど」


伊織がぽんと手を叩きます。
高杉がくつくつと笑います。
銀時が静かに泣き出します。
それを見た坂本は笑い出し、桂はいそいそと自分のプレゼントを取りだします。


「誕生日に家は壊されケーキはぐちゃぐちゃ…なにコレ新種のいじめ?」
「気を落とすには早いぞ銀時!まだ俺からのプレゼントがある。なんと特注の銀時サイズのエリザベ…「超いらねえ」銀時ィィィィ!」
「相変わらずうるせーやつらだな。おい伊織」
「なに?」
「飲むぞ」
「……まだお昼だけど?」
「あ?んなもん関係あるめえよ」
「もう。…まあいっか」
「おお!もう始めゆうか?」


がしゃがしゃとガラクタをかき分け、坂本が高杉らのもとへ近づきます。
その後ろには先ほどの銀時の言葉にショックを受けたのか、桂がとぼとぼとついて来ていました。

すると未だケーキの箱を抱えたままの銀時は肩を震わして呟きます。


「俺の…ケーキ…」
「ほら銀時!あんたまだ悄げてんの?また今度いくらでも買ってあげるから早くこっちおいで!」
「おいてめーら何やってんだ早く猪口持て!俺の祝いの席だぞ」
「何だこいつキメエ…」


伊織の言葉の数コンマ後には、すでに猪口を持ち乾杯の合図を待っている銀時が彼女のとなりで座っていました。

そんな彼に高杉はぼそりとそう呟きます。幸いにもその声を聞いていたのは伊織だけだったようで、彼女はくすりと笑みをこぼしました。

そして言います。


「じゃ、準備できた?」
「おう」
「こほん。えーでは…、今日は銀時の誕生日でありまして。まあこうして集まったわけだけど」
「余興はいいからはや…、っ!いってえな!」
「たまには最後まで話を聞け高杉」
「けっ、ざまあみろ!伊織、こんなやつ無視して続きを…」
「いい。なんかもう面倒くさいわ」
「伊織さん!」


「はいじゃあ気を取り直してー。みんな猪口もってー」
「おお!」
「うむ」
「早くしろ」
「……ん」
「じゃ、この記念すべき!」


「私達の再会を祝ってかんぱーい!」
「「「乾杯!」」」
「かんぱっ……あれっ」


笑みと花束


昼下がりまで平和だと感じていたこの日は、存外騒がしいものとなりました。

壁にある大きな穴から落ちてくる月明かりの下で彼はひっそり頬を緩めます。


「お前の言ったとおりだったな」
「嬉しかった?」
「!」


とっぷりと更けた夜に、起きているのは自分だけだと思っていた銀時は返事が聞こえたことに驚きました。

見るとあのあと散々荒らされた部屋の中で、ちょこんとソファーに座り込んでいる伊織が居ます。


「…なんだおまえ、まだ起きてたのか」
「銀時は此処に生まれることができて、幸せだった?」
「あ?」
「銀時はここに生まれて幸せ?」
「…んなもん分かんねーよ。つーか場所とかそんなんどこだって変わんねーんじゃねえの?」
「ふふっ、そっかそっか」
「……まあでも、感謝はしてるかもな」
「ん?」


「お前らと逢えたこと、一緒に生きてきたこととか。…まあ、色々ぜんぶ。……感謝してる」


ふわりと吹いた風が音を、声を運びました。
するとくすぐったそうに笑んだ伊織は立ち上がり、銀時のそばに寄るとしゃがみこみます。

銀時は動きません。
ただじっと伊織の瞳を見つめます。
何か特別なものを見つめるような視線を彼女に送ります。

伊織はそっと手を差し伸べました。

差し伸べて、するりと彼の頬を撫でると言いました。


「誕生日おめでとう」
「…ん」
「生まれてきてくれてありがとう」
「…ああ」
「私も私達も、感謝してるわ」


ともに笑った日も、泣いた日も、何かを憎み、悔いた日も。そばで生きたことを誇りに思うのです。

そればかりなのです。

銀時はもう一度笑いました。
釣られて小さく微笑んだのは寝たふりを続けていた彼らでした。

見るも無残なほど半壊したとある部屋。
あまりにも彼に優しい世界がそこにはありました。





Happy birthday 坂田!
2011/10/10 影踏み/わらび


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