なれのはての続きになります
ガキのころからずっと目が離せない女が居た。ちっこくて、いつも俺の後ろをついて来ては笑顔を振りまいていたそいつは俺の笑った顔が好きだと、恥ずかしげもなくよく隣でそう言っていた。
あまりに大切で、愛おしくて。それは成長してからもずっと変わらなかった。
なのに同じ戦場に立つようになっても俺は愛してるの一言すら言えなかった。
何故かって、答えならある。
戦場でいつ命を落としてもおかしくはない俺なんかに、それを伝える資格などないと思っていたからだ。
だから。いつかこの戦争が終わるその時までこの気持ちには蓋をして、俺はひたすら伊織を護るということだけに命を張ろうと思っていた。なのに。
それでも、日々恋しさは募るばかりで。
俺はその恋しさを他の女で紛らわせた。
欲を吐き出すために伊織に気持ちを伝えるなんて考えるまでもなく絶対に嫌だったから。
だから伊織を想いながら、違う女を抱いた。
こんなのは間違ってると分かっているのに、男という生物は本当に厄介だ。
人間の欲というものは思考をも鈍らす。
間違っても伊織にだけはバレないようにと気を使っていたにも関わらず、俺は何も気づいちゃいなかった。
***
「…はァ?なんで俺がわざわざ高杉の野郎んとこまで…」
「別にいいだろう、どうせお前の部屋は高杉の部屋の先にあるのだから。部屋に戻るついでだと思え」
ある日のことだ。俺はヅラから高杉の部屋まで言伝を頼まれた。面倒くさいとは思いながらも高杉の部屋は確かに俺の部屋に戻るまでの通り道にある。
渋々あいつの部屋を目指して歩いた。
「そもそも何であいつ部屋にいんだ、軍議だっつーのに鬼兵隊の総督が居ないんじゃ話になんねー……、つーか…入れる雰囲気でもねーし」
この部屋に近づいた時から僅かに漏れる物音で部屋内の事情は何となくだが察しがついていた。
高杉のヤツは無駄に顔がいいせいで女には困っていないはずだから、どこぞの女でも連れ込んで宜しくやっているのだろうと。
次の群議の日時を伝えるために来たはいいが流石の俺でもこの状況で声をかけるなど無粋なことはできない。次第に言伝のことなどどうでもよくなってきて、すぐさまこの場から立ち去ろうと思ったその時だ。
僅かに聞こえた女の嬌声に俺の足は廊下に縫いつけられたかのように動かなくなった。
「……っん、…!」
「いてェか…?」
「……痛く、ない。へいき」
どこかで、どこかで聞いた声。
どこか?どこかって何だ。
どこかって、どこだ。
「本当にいいのか、」
「…ん」
「後悔してもおせえぞ」
「しない、よ」
ただただ立ち尽くすしかできなかった。
目の前の襖の奥に広がる世界を俺はきっと知っている。
見えないけれど、理解している。
「…愛してる、……伊織…、」
俺は一体今まで何を見てきたのだろう。
ずっとそばに居たつもりだったのに、伊織と高杉が想い合っていたなんてまったく気づけなかった。
それでも、いくら過去を探ってみたところで思い出すのはあいつの笑顔ばかりで、俺は余計に苦しくなるだけで。
なあ、俺はどこで間違えた。
***
高杉の部屋の前で立ち尽くした次の日、いつもの俺ならば有り得ないほど早くに目を覚ました俺。
とは言っても昨日はほとんど眠れなかった。まだ昨日耳にした事情が現実のものだとは思えなくて、もしかしたら気のせいだったのではないかとさえ思い始めたころ。
襖を開いたとたんに俺の目の前を通り過ぎようとした影。それを視界に捉えた瞬間、俺の心臓は大きく高鳴った。
「あ…、」
「っ、ぎ、んとき…」
見開かれたその目に情けない顔をした俺が映る。
なんて顔してんだ、俺。
けど伊織の格好を見た瞬間にそんなことを思っている余裕も無くなった。
それどころか、さっきまでの勘違いだったではないかという淡い期待すら粉々に砕け散った。
急いでいたのか、中途半端に身につけられた羽織りから覗く首筋に、僅かにちらつく赤いしるし。
「…あ…、と…おはよう」
「…………」
「………銀時?」
駄目だ。
駄目だ、駄目だ、分かってるのに。
俺に文句を言う権利なんてないのに。
今にも嫉妬で気が狂っちまいそうだ。
このまま部屋に引っ張りこんで、こいつを俺のもんにしたい。
昨日のことなんて無かったことにしちまいたい。
だけど、そしたらこいつは──…
「銀時…?どうしたの?」
「……なんでもねえよ」
高杉を愛してるこいつはきっと、きっと悲しんじまうから。
「…ごめんな、」
「え…」
「今だけ許してくれ」
これで最後でも構わねえから、今だけは抱きしめさせてくれ。お前だけは傷つけたくねえから、ずっとそばに居ることはできねえって知った今だけは、俺の我が儘を聞いてほしい。
「…あいしてた、ずっと」
「っ、!ぎ…」
「でももういいんだ」
肩を押して離れた体。それを合図にこの恋とも決別しよう決めた。
それがきっとこいつのためになることを願って、
「待って、銀時わたし…っ」
「なんも言うな!」
「っ、」
「…わりい、…じゃあな」
これ以上は伊織の声すら聞いているのにも耐えられそうになかった。
弱くてごめんな。俺がもっと強かったらお前が言おうとしてること、最後まで全部聞けたのにな。
そんな俺にはこいつが今にも泣き出しそうにしている理由なんて知るはずもなくて。
苦しみの底で君を抱く
(その行為に愛は泣く)
title by.きまぐれ
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