どうしても愛しいんだと、涙ながらにそう呟いたこいつはあまりにも脆く。
それを聞く俺はあまりにも滑稽だった。


「私、ほんとうは晋助のそばにいたい」
「…しってる」
「それが正しい道でないことなんて知ってる、分かってるの、ちゃんと」
「ああ」
「分かってる、のに、」


ああほら、言いながらまた涙を流す。そんなに泣いちまったら瞼も喉も痛めちまうだろーが。はやく泣きやめ。それに、

それに、本当に泣きたいのはこっちの方だと言うのに。


「晋助にあいたい、」
「……」
「あいたいよ、しんすけ」


どうして今こいつの目の前にあいつが居ないのかなんて考えるまでもない。
あいつは昔からいつだって大切なものが傷つくのを恐れていたから、だからこいつをそばに置かない。置くはずがない。
あいつが伊織のことを想ってるからこそ迎えに来ないんだってことを、俺は知っている。

だから今日もこいつの体を抱きしめて、俺は言ってやるんだ。


「んな泣かなくても、大丈夫だろ」
「…なに、が」
「あの馬鹿ならすぐ我慢できなくなって迎えに来るって。なんたってあの我が儘で俺様のあいつだぞ?」
「………ほんとに?」
「ああ、腐れ縁の俺が言ってんだから間違いねーよ」
「…でももしかしたら私、捨てられたのかもしれないよ」


(ありえねえよ)


その一言、たった六音を口にするのだけのことをどうして俺はこんなにも躊躇しているのか。

俺はこいつに安心してもらいてえはずなんだ。ただ笑ってほしいだけのはずなんだ。その気持ちは今ここにある。嘘偽りなんかじゃねえ。…はずなのに。

なのに心が戸惑う。
躊躇する。
こいつが欲しいと、糾弾する。
だから、つまり、俺は怖いんだ。
自分からこいつを手放すことが怖くて、怖くて。


「………」
「…私なんにもできないから、どこに居たって役立たずだから、だから捨てられちゃったのかな…」
「っんなことねえよ!」


だけどやっぱり馬鹿な俺は頭より先に口が動いた。両肩を強く掴まれたことに驚いたのだろう、伊織は目をまあるくして俺を凝視している。

──しまった、


「銀ちゃん…?」
「…お前は、役立たずなんかじゃねえ」
「………」
「高杉だってそう思うはずだ」
「…でも、じゃあ……」
「あああもう面倒くせーな!でももくそもねえ!あいつはんなこと絶対思わねーし、俺だって思わねえ!今までも、これからもだ!分かったかこの馬鹿!」
「…………」


役立たずだと、そう言って己を嘆くこいつを黙って見ていられなかった。
それだけ。それだけだけど。

嗚呼、俺はさっきの一瞬を一生後悔し続けることになるかもしれない。

無理矢理"いつも通り"を演じる俺を呆気にとられたように伊織が見ている。
しばらく目をまあるくしているかと思えば、次はくすくすと小さく笑い出した。


「なんでかな、銀ちゃんがそう言ってくれるだけですごく安心するよ」
「…そ」
「うん、なんかお兄ちゃんみたい」


ようやく目を合わせてくれた伊織の笑顔にはまだ少し涙が残っていたけど、そこには変わらず、俺の愛したそれがあった。
眉を下げて微笑むこいつの目に映ってるのは俺なんかじゃないのに。それなのに、どうしても目が反らせないのは。

───理由なんて、いくら馬鹿な俺でも分かるけど。


「…ありがとね、銀ちゃん。だいすき」
「しってるっつーの、」


でもそれを認めてしまうには俺はあまりにも弱すぎる。
やっぱり泣きたいのは俺の方だった。


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