「先生、どうして銀時は喋らないの?」


そんな私の一言を聞いて、先生は悲しそうに微笑んだ。
数日前に突然先生と共に村塾へとやってきた銀時は未だ誰とも口を聞かず、毎日毎日刀を抱えて屋敷内のどこかで居眠りをしている少年だ。
私も先生に拾われた身で、ずっと先生と二人きりで暮らしてきたものだから突然生活の中に割り込んできた少年に対して動揺せずにはいられなかったし、なによりも何を考えているのか分からないその少年にどうやって接すればいいのか分からなかった。
でも今になって思えばそれは私だけじゃなかったんだと思う。だって彼だってその頃の私に一度も話しかけようとはしなかったんだから。


「…伊織は銀時のことをどう思いますか?」
「どう、思う…」
「少し言葉を変えましょうか。伊織が見た限り銀時とはどんな子ですか?」
「…いつも眠たそうで、退屈そう」
「うん」
「それになんだか、」


すこしだけ私と似ている気がすると、その時の私が声に出して言えなかったのは自分でもなぜそう感じたのか理由が見つからなかったからだ。

先生がこてんと首を傾げる横で、すこし遠くの方で眠っているあの子をちらりと流し見てみるけれどやはり少年は相も変わらず、その目に何も写そうとしない。
私は彼が此処に来てからというもの、眠っている姿か先生を仰ぎ見る姿以外を見たことがない。


「どうしました?」
「…なんでも、ないです」


まあだからと言って何をどうするわけでもない。私の生きる場所が此処であることに変わりはないし、少年が此処に居ることを非難する気もさらさらない。

ただふとした時無性に気になるのだ。
きらきらと日溜まりの下で輝く銀色が、たまに見せる緋色の瞳が、そこに含まれた孤独が。


「あの子は、いつも寂しそう。なのにどうしていつも一人でいるのかな」
「銀時は人より少し照れ屋さんだからね、ここに来たばかりでまだ慣れていないのです」
「でも先生には話してる…」
「ふふ…では伊織も声をかけてみたらどうですか?」
「え」
「銀時は素直でいい子ですよ」


そう言われてみてふと気がついた。
考えてみれば銀時が此処に来てからというもの、私は一度も彼に話しかけてみたことがなかった。
私も彼と同じように先生に拾われてから暫くの間、今の銀時と同じく誰とも話をしていなかったものだから、そんなものなのだろうと心のどこかで思い込んでいたからなのかもしれない。

でも、でも。私はちゃんと感じていたはずなのに。彼の孤独や寂しさを。
そう思うとなんだか胸がいたくなった。ごめんなさいとも違う、悲しいとも少し違う。どうして今まであの子に話しかけなかったのって、もしかして私いま後悔してるのかな。よくわからない、よくわからないけど。

ただはっきりと分かったのはあの子をこのまま一人にしちゃ駄目ってことだ。


「何て、言ったらいいのかな…」
「そんなに悩むことはないですよ。きっとあの子は応えてくれますから」


そう言った先生はにっこりと笑う。その笑顔に背中を押された気がしてわたしは足を踏み出した。
やわらかなお日さまに照らされた銀色はやっぱり綺麗で、どうしたって見とれてしまうね。


「ぎ…ぎんときっ、…くん」


まだ話しかけたというにはほど遠い、ただ名を呼んだだけ。
それなのに私の目が映したのは大きく見開かれた彼の双眼だった。
だけどそれもほんの一瞬で、またすぐに目を反らされてしまう。


「あの…」
「………なに」
「え」
「………」
「な、何もないんだけど、えと…」
「…おまえさ」
「っ、うん!」
「おれのこと怖かったんじゃねえの」


初めて話しかけられたことに驚いただけじゃなくて、内心とても嬉しくて。だけどそのあとに続いた言葉の意味が理解できなかったせいで私はその声にすぐさま答えることができなかった。

けれど彼の目がまたあの悲しい色を灯していたから、やっとその言葉の意味を理解した。
なんでそんな目をしているのに、何でもないような顔をしてそんなことを聞くの。


「こ…こわく、なんかないっ」
「!」
「だってわたしきみになにも嫌なことされてないのに。なのになんでそんなこと言うの?」


そう言うと銀時の瞳がまた大きく開かれた。
つい大きくなってしまった私の声に驚いたんだと思う。でも今言ったのは嘘じゃないよ。本当のことだもん。
ねえ、胸がずきずきするのはどうして。


「……」
「…どーして、」


銀時はずっと私が銀時のことを怖がってると思っていたのかな。だから他のみんなもきっとそうなんだと、いつも一人でいたのかな。
それってとても悲しいよ。
また胸のずきずきが強くなった。


「な…なんで、泣く…」
「え、?」


初めて聞く、ちゃんと感情が籠もっているような声に驚いて思わず顔をあげると、もっと驚いたような顔をした銀時がわたしをじっと見つめていた。

とたんに、ぼろりと零れた涙がわたしの頬を伝って地面をはじく。


「え?」
「…え?」
「……え?」
「………え?じゃねえよ!なんで泣いてんだって聞いてんだっ」
「ごご、ごめ…」
「…、わりい。べつに謝んなくていい」
「?、なんできみが謝るの?」
「………」


あ、そっぽ向いた。

それにしてもさっきから胸がどきどき、どきどきと煩い。
さっき零れた涙は結局たったのひと粒だけだった。
そんなことよりもあの子がちゃんとほんとの表情を見せてくれたと思ったから、感動したというか、なんというか。とても嬉しくて。
どうやら私のずきずきはいつの間にかどきどきに変わっていたらしい。


「俺の名前」
「えっ」
「……俺の名前、"きみ"じゃない」
「うん…?知ってるよ」
「……お前さっきから俺のこと"きみ"って呼ぶから」
「え、あ…ごめん」
「………」
「………」
「……なあ」
「…な、なに!」
「おまえは、なんてゆうの」
「わたし…?」
「ん」
「……わたしの、名前は」



もっともっといろんな"銀時"を見てみたい、なんて。そんなことを思ったの。


むくちなカナリア


「…で、伊織はなんで泣いてたんだ」
「んん?わかんない」
「おまえ変わってんな」
「そう?銀時も十分変わってるよ」
「そっか」
「わたしと一緒だね」
「………そっか」


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