ある晴れた冬の日、万事屋の家事担当である伊織は冷蔵庫の前でその中身と暫くにらめっこをしたあと、ソファーの上でくつろぐその家主、坂田銀時の目の前に立ち言った。


「ねえ銀ちゃん、今から買い出しに行こうかと思うんだけど、もし暇なら一緒に行かない?」
「買い出し?別に構わねーけど…何か買うの?」
「んん、とりあえず冷蔵庫からっぽだから食料品は必須なんだよね。あとトイレットペーパーも切らしてたから買わないと…あとは行った先で要るものがあったら買う」
「じゃあ大江戸スーパーでいいよな、原チャ引っ張ってくっから下で待ってろ」
「ありがとう!」


そう言った銀時は気怠げながらもすぐに立ち上がり、一度のびをしてから玄関へと向かう。そのすぐ後ろには後を追って歩く伊織。


「わざわざ悪いね」
「暇だったし構わねーよ。…つーか俺んちの買い出しだしな」
「ふふ、たしかに」
「…なんか楽しそうだなー」
「うん!だって銀ちゃんとお出かけなんて依頼の時以外じゃすっごく久しぶりだもん!」
「あ…、そう」


思ったままにさらりとそう言ってのけた伊織に対して僅かに目を見開いた銀時だが、すぐにまた冷静を装い、いつものようにぼりぼりと頭をかいた。それから二人でスクーターに跨り目的地に向かって走り出せば、ほんの数分でたどり着いた大江戸スーパー。

遊園地に来たわけでもないのに、今にも鼻歌が聞こえてきそうなほど楽しそうに前を行く伊織に銀時は密かに笑みをこぼした。
こんなに喜んでくれるなら、遊園地どころかどこにだって連れて行ってやるのにと、声には出さずに心中でつぶやく。


「卵、牛乳、魚、トイレットペーパーよし。ええと、あとはー…」
「おい伊織、あれ忘れてっぞ」
「え、何か忘れてるっけ?」
「いちご牛乳とぷりんとゼリーと…」
「ええと、あとはー…」
「あれ?無視なの?さっきまでのかんわいー伊織ちゃんはなんだったの?」
「ないかな多分!さあ帰ろう!」
「泣いていい?」


そんな銀時を後目に伊織は出口に向かって歩き出す。仕方なしに銀時も後を追って歩き出したが、すぐに立ち止まった伊織に気づいて足を止めた。
彼女の目線の先にあるのはバレンタインコーナーだ。


「…そういえば明日ってバレンタインだったんだねー」
「あー、そういやもう2月か」
「ねえ銀ちゃん、あれ寄っていい?」
「別に構わ……え?!」
「駄目?」
「い、いや、いいけど…」


銀時がそう返事をするやいなや、ありがとうと微笑んでバレンタインコーナーへと向かう伊織。
その姿を見た銀時は心中で密かにガッツポーズを決めていた。


(ちょ、バレンタインコーナーって…!つまり俺にチョコくれるってことだよな?!そういうことでいいんだよな?!つーかこういう時って俺ここに居ない方がいいんじゃ…)


「銀ちゃん何してるの早くー」
「え?いいの?」
「いいって何が?…ま、いっか。とにかく銀ちゃんにも相談したいんだー」


相談?と銀時は思わず首を傾げるが、とりあえず彼女のもとへと歩いてゆく。
たどり着いたバレンタインコーナーでは実に様々なチョコレートが並んでいて、それは見ているだけでも満足してしまいそうなほどだ。
そんな中伊織はあるチョコレートを手にとってじっくりと眺めている。どうやら可愛らしい箱に入っているのはトリュフらしい。


「これかわいいね!」
「さっすが伊織!俺トリュフ大好「新八くんと神楽ちゃんトリュフ好きかなー」
「へ…」
「どう思う?銀ちゃん」
「いや…好きなんじゃねーの?つーかどうでもいい…」
「よし!じゃあこれを2つと、」
「2つ?!なんで2つ?!」
「さて、次はー…」


当然自分の分もあるのだろうと期待していた銀時は伊織の言葉を聞いて声を荒げたがすぐさま次のチョコレートを探し始めた彼女を見てほっと胸を撫で下ろす。
きっとその次、というのが自分のものなのだろう。


「えーと…、うわ!見て銀ちゃん!エリーの形したチョコレートだよすごい!」
「いや、なんでエリザベス?」
「かわいいなー…、よしこれにしよう」
「?!俺エリザベスなの?!」
「?違うよ、桂さんにだよ」
「ヅラァァア?!もっと駄目だっつの!なんであいつにまで!」
「いつもお世話になってるからさ」
「………世話してやってんのってむしろ俺らの方じゃね?」
「とにかく決定ー!」
「…………」


だんだんと機嫌を悪くしてゆく銀時とはうらはらに、伊織は楽しそうに買い物を続けていく。
いつになったら自分のために選んでくれるのかと柄にもなく彼が焦るのも、やはり甘味が絡んでいるためなのだろう。


「あ、生チョコ。たしか銀ちゃんこれ大好きだったよね!」
「!」


ついに自分の番が来たのかと銀時は声もなく喜んだ。彼女の手の上には伊織の言ったとおり、チョコの中でも一際好んでいる生チョコがある。


「これね、私も大好きなんだ!」
「っだよなァ!これが嫌いな奴なんざ、江戸にゃあ居ないと思うね!」
「あ、やっぱりそう思う?チョコの中でも生チョコって人気あるもんね!」
「おおよ!」
「よっし、じゃあこれは真撰組の皆さんにあげようっと」
「待ってまし……って、今なんて?」
「真撰組の皆さんにあげようっと」
「はァァァァァ?!」
「っ…びっくりした、どうしたの?」
「どうもこうもねぇよ!なんっで伊織があいつらにチョコなんてもんやらなきゃなんねーんだ!」
「いつもお世話に…」
「なってねぇ!」
「……もう、」
「百歩譲って沖田くんやゴリラやその他はいいとしよう。だがあのマヨラー野郎だけは断じて駄目だ!」
「土方さん?なんで?」
「なんででもだ!」
「……ほんとは仲良しなくせに…」
「今なんつった?」
「いーえ何でも!とにかくもう決定!」


そう言って買い物かごの中に入れられた一番大きなサイズの生チョコの箱を銀時はじとりと睨みつける。このチョコレートが伊織の手で奴らに渡されるのを想像しただけで胸くそ悪くなった。
しかしそんな彼の耳に入ってきたのはずっと待ち望んでいた一言。


「じゃあ銀ちゃんはこれね」
「!」


やっと俺の番が来たのかと期待に胸を膨らましたのもつかの間。
彼が振り向いた先で伊織が手にしていたものは──…


「…板…チョコ…」
「ん?」


たしかに彼自身、自分が類を問わぬ甘党だということは自負している。もちろん板チョコだって大好きだ。
けれどまわりの人間にと選ばれたそれと自分のそれとの差に何とも言えない悲しさというか、切なさを感じたのも嘘ではなくて。


「俺、板チョコなの……」


それは彼にとってはさっきまでの苛立ちなど綺麗さっぱり忘れてしまうほどの衝撃だった。加えて今も尚きょとんとした表情で伊織が自身を見つめているものだから、なおさらだ。


「いや…何でもないから、ほんと。ありがとうな、俺板チョコ好き」


意気消沈、とはまさに今の彼の様子のことを言うのだろう。しょんぼりと肩を落として、それでも口元には笑みを浮かべ、銀時が伊織に礼を述べたその時だ。


「何言ってるの銀ちゃん」
「何って…チョコの礼…」
「ちょ、いくら何でも板チョコのまんまあげるわけないでしょ!」
「え?」
「え?」


お互いに問い合うような会話になって二人してその場で固まった。
銀時の目線よりも随分低い位置にある彼女の瞳は、自然と彼を見上げるような形になっている。
そんな中先に動いたのは伊織の方で、大きな瞳いっぱいに銀時を映した彼女は小首を傾げて彼に問うた。


「…銀ちゃんも買ったやつがいーの?」
「…………へ、」


彼がその言葉を理解するまでに数秒。伊織がにっこりと微笑んで歩きだすまでに数秒。
ようやく銀時が彼女が言った言葉の意味を理解した頃には、伊織はすでにレジに並んでいた。
一方で銀時はというと己の顔を手の甲で隠して立ちすくんでいる。


(……今のはヤバかった。…好きな女にこーゆうこと言われるのって、こんな嬉しーもんなんだな)


彼はそう心中で呟きながら一体何を作ってくれるんだろうとか、どう受け取ればいいんだろうとか、そんなことを思うよりも早く、目の前でまたあの笑顔を浮かべながら己の元へと駆けてくる彼女を愛おしいと思わずにはいられなかった。

溶けて溶けて、幸せの香り

「そういえば相談って何だったんだ?」
「甘いの大好きな銀ちゃんならみんなの好みも知ってるかなーって思って」
「あー…そういうこと」
「ふふ、まあ結局よく分かんなかったんだけどね。ありがと、銀ちゃん」
「どーいたしまして」



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