地面に寝そべって空に向かって息を吐き出してみると僅かに鉄の匂いがした。
思わず苦い笑みを浮かべながら足音のする方を見向いた先には、ぽっかりと浮かぶ黒い影がひとつ。


「なんだこんな所に居たの。そろそろ戻れって阿武斗が怒ってたヨ」
「…団長、」
「あーあ、何やってんの」
「ちょっぴりしぐじっちまいました」
「何それ、馬鹿じゃないの」


すみません団長、好き放題暴れてるうちに道に迷っちゃったばかりか気がついたら敵軍の懐に飛び込んじゃって、しかも相手が悪かったのか近距離派の私に対して遠距離攻撃を得意とする奴らに囲まれちゃってたなんて言いません。てか言えません。
だってそれじゃあなんだか負け惜しみみたいでしょ?せっかく全部片付けたのに、私が負けたみたいに思われるのはやっぱり悔しいから。


「…で、どうしたいの」
「とりあえず船に戻りたいんですけど、それも無理っぽいんですよね」
「なんで?」
「足やられたみたいで、歩けなくて」
「何それ、馬鹿じゃないの」
「団長それ二回目です」


はは、あまりにも情けなくて思わず乾いた笑みが零れた。なんて様だろう、いつだって団長の近くに居たくて、そのために強くなろうと思った私は決して捨鉢な気持ちになって戦場を駆けていたわけではないのに。それでも結果はこれだ。


「無様だね」
「…、仰るとおりですよ」


真っ赤になって、立ち上がることもできない私だけど。それでも今ここで弱音を吐くことだけはしたくなかった。これ以上この人の前で醜態を晒すことだけはまっぴらごめんだもの。
これは命を捨てても捨てきれない、ちっぽけな私の意地だ。


「…ひと思いにすぱっとやっちゃって下さいね、痛いのは嫌なんで」
「何言ってんの?」
「何言ってんの、って…」


さすがは我らが団長、そんなに楽には殺さないってか。このままじわじわと野垂れ死ねってか。まあ私みたいな負け犬にはぴったりの最期かもしれないけれど。でもさ、ちょっとくらい慈悲の心持ってくれたっていーじゃん。私これでもそれなりに頑張ってきたつもりだったんだけどなあ。それともこの人実はドSだったのか、そうなのか。


「何でわざわざ俺がお前に手を下さないといけないわけ?意味分かんないから」
「はは…、確かにそうですね」
「伊織ってさっきから訳わかんないことばっか言ってるよね」


あれ、憎たらしい程いつも通りに笑う団長の顔が少しずつだけど薄れてきたぞ。…これ私死ぬよね。
さっきから手先とかめちゃくちゃ冷えてきてるし。寒いし。

でもよく考えたらこれってすごく幸せなんじゃない?私。だって最期に団長の顔見ながら死ねるんだよ。これを幸せと呼ばずに何と呼ぼう。うん、私は幸せだ。


「伊織?おーい、伊織」


阿武斗さんごめんなさい。まだお仕事たくさん残ってるのに…、私は先に天国に旅立ちます。…いや天国じゃないか、地獄だよねやっぱ。まあそれはどっちでもいいんだけど。どちらにせよ団長も阿武斗さんも居ないどこかだということは確かなんだから。

…あれ、なんか寂しい、かも。


「伊織ー、ねえ伊織ったら」


団長、そんなに何度も呼ばないで下さいよ。私もう返事もできないんですよ。それにどんどん悲しくなっちゃいます、寂しくなっちゃいます。
さよならできなく、なっちゃいます。


「…、何、泣いてんの」


うわあ、団長のびっくりした声を聞いたの、いつぶりだろう?もう団長の顔も見えないから、その顔が見れないのが少し残念。…っていうか泣いてるって、もしかして私?


「……俺、弱い奴もすぐ泣く奴も嫌いなんだけど」


はい、知ってますよ。だから私は今まで一度も貴方の前で泣いたことが無かったのです。団長が今驚いているのもきっとそのせいですよね。ごめんなさい。
でももう、二度と会う機会も無くなるだろうから安心してくださいね。
じゃ、私そろそろ疲れてきちゃったんで眠ることにします。

…声、出るかな。出てよお願いだから。これで最後だから。


「…、やす…なさ、…だんちょ、」
「………」


よかった。聞こえたかどうかは定かではないけれど確かに言えた。これでもう心残りは……、ありまくりだけど。とりあえずはいいや。残りはまたいつか。

じゃあ今度こそ本当におやすみなさい、団長。存外楽しい一生でした。


「はあ…、やっぱり意味分かんないや。…よいしょ、っと」


そうやっておやすみの挨拶をした瞬間、不意に体が宙に浮いたような感覚が私の肢体を支配した。そしてほっぺたに暖かい何かが当たる。それが団長の背中だということに気づくまでにそう時間はかからなかった。
そのことにあまりにも驚いたせいか、私の意識は弾かれたように覚醒した。


「…だ、んちょ」
「ひと思いにやっちゃってとかおやすみなさいとか、挙げ句の果てには泣き出すし、本当に意味分かんないよ」


言いながらどんどん船へと向かっていく団長は機嫌がいいのか悪いのか、なんとも表情の読めない声色で話すものだから何と言えばいいのか分からない。いやそれよりも私はもしかして今団長に助けられようとしているのか。何故?どうして?そんな疑問ばかりが頭の中を支配してまともな思考すらできなくなっている。


「わ、たしのが、意味分かんな…です」
「何が?」
「な…で私を…、」
「助けるのかって?ただの気分さ」


けろりとそう言ってのけた団長に私は絶望にも近い何かを感じた。
気分?気分ってなに。こんな無様で死にぞこないの私にどうしろと言うの。これからどうやって生きろと言うの。

生き物というのは不思議なもので、そんな疑問を持つとつい先ほどまでの寂しさなんて嘘みたいに忘れてしまうらしい。
実際に私は今、死にゆく寂しさより何倍も、生きることに恐怖を抱いている。


「や、です」
「?」
「私に、どう、しろと…」
「そんなの知らないヨ」
「………、…」
「…まあとりあえず船に着いたら、」
「……」
「その涙、拭いとけば?」


お前の泣き顔、見てらんないくらいヒドいからさ。なんて。
団長、あなたは酷いです。
そのくせびっくりするくらい優しい言葉を時たま吐き出すからたまらない。
私に、私の涙なんかを拭くための場所をくれるのですか。そのためにわざわざ貴方の大嫌いな"弱い奴"を背中に背負ってくれているのですか。ますます不思議な方ですね、本当に。

だけどそんな貴方だから私はどんどん惹かれてく、もっともっとそばに居たいと思うようになる。
そしてそのために強くなりたいと思う。
嗚呼、すごいなあ。団長は無意識にでも強い奴ってのを引き寄せる力があるみたい。生き物の欲求心って本当に偉大だ。

大きな夜にちっぽけな二人。
暖かな背中に揺れながらそんなことを考えている私は、団長の背中の居心地の良さに思わず顔を緩めた。


「それにさ、阿武斗だけじゃ頭の固い元老たちを言いくるめるの、大変だろ?」


そしてこんな風に、いつだって何の気なしに発せられる彼のたった一言が私の寂しさも恐怖もぬぐい去っていくのです。

蕪辞を連ねる





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