ああ憂鬱だ。
やっぱりいつまで経っても歯医者というものは慣れない。待合室の独特な匂いといい、なんとも嫌な静けさといい。だけど歯の治療は早い方がいいって言うし、あんまり痛くない内に治しておかないとね。

そんなわけで現在、歯医者の待合室にて雑誌を読みながら自分の番を待っているわたし。
思っていたより人は少なかったからすぐに順番もまわってくるはず。早く万事屋に帰って夕飯の準備しなくちゃ。

そんなことを考えていたその時、目の前の自動ドアが開くとともに見慣れた銀髪が目に入って、思わずびっくりした。

「いってえな畜生…」
「え…銀ちゃん?」
「あ?…って名前?!は?!なんでこんなとこに居んの!」
「なんでって歯の治療しに来たに決まってるじゃん。ここ歯医者だよ?」
「い、いやそうだけど…」

どうして銀ちゃんがそんなにびっくりしているのか分からない。
そんなに驚くことだったかな?それにさっきからぶつぶつ「やべーよ最悪だよどうすりゃいいんだよ」なんて言ってるもんだから、余計に意味が分からなくなる。

「なあ、お前もう帰るの?」
「え?ううん、今順番待ってるとこ」
「あー…そうなんだ。へえー…」
「?」

だから、何でそんなに挙動不審なの?


***


やべーよ最悪だよなんでこのタイミングで名前と出くわすわけ?
嫌々ながらやっとの思いで歯医者に来れたまではいいものの中に入った瞬間にやっぱ怖くて超帰りたくなったとかこいつに言えるわけがねえ…!
くそっ、どうする俺!超帰りたい俺!

「ねえ銀ちゃん本当にどうしたの?さっきから汗だくだくだよ?」
「ななな何でもねえよ!つーかここの空調機ぶっ壊れてんじゃね?なんかさっきから暑いなーなんて…」
「うーんそうかな、私は少し肌寒いくらいなんだけど…」

首を傾げながらそう言う名前。
ああもう可愛いな畜生!…じゃなかったどうすんだこの状況!
何でもねえって言っちまったし、もうあとには引けねーよ。もし今さら…、いや今さらじゃなくても歯医者が怖いなんて言ってみろ!「え?銀ちゃん歯医者が怖いの?ぷ、なんか小学生みたいだねー」なんてことになっちまうじゃねえかァァア!それだけは阻止せねば…。

そんな時、またもや自動ドアの扉が開いて見知った人物が視界に入った。

「あ、土方さん」

え、何これ最悪。


***


歯医者の自動ドアをくぐった瞬間、鼻をかすめた独特の匂いにやっぱ帰ろうかと思った。しかしそれが許されない原因が今俺の目の前にある。

「よ、万事屋…」
「よぉ多串くん、き、奇遇だねー」
「名前も…」
「こんにちは、土方さんも歯の治療ですか?みんな一緒になるなんて本当にすごい偶然ですよね」

名前はいい。だが何故万事屋がここに居る?!こいつだけにゃ絶対歯医者が怖いだなんて知られたくねえ…!
何があっても!

「あ、あぁそうだな…」
「……土方さん顔が真っ青ですけど、何かあったんですか?」
「そうか?元々こんなもんだろ」
「いやこれは明らかに具合悪そうです。もしかして風邪引いてるんじゃ…」

そう言って俺の額に手を当ててきた名前。いやまじで具合は悪くねえけどこれはもしかして帰る口実になるんじゃねえか?いったん帰ってから万事屋の野郎が帰った頃合いにまた此処に来れば……、

「あー…、そう言えばさっきからなんか頭が痛「名前から離れろォオ!」
「な、いきなりどうしたの銀ちゃん」
「そんな簡単に他の男に触んないの!マヨ臭くなったらどうすんの!」
「マヨ臭いってなんだゴルァ!んなわけねえだろうが!」
「うちの名前がマヨ臭くなったらてめーのせいだからな」
「だからならねえっつってんだろ!」
「よかった、やっぱり私の勘違いだったみたいですね。土方さん元気そうです」
「え!」

しまったァァ!ついいつもの調子で言い返してしまった!これじゃ帰る口実が…

「それに土方さんは真撰組の副長さんだし、体調管理ならバッチリに決まってますもんね!」

え…何これ追い討ち?


***


あー、びっくりした。
名前のやつ何の躊躇もなく野郎の額に手なんか当てやがるがら油断ならねえ。こいつにゃ警戒心ってもんがねえのか。
…つーかそれよりも今は…、

「なかなか順番回ってこないねー」
「はは、待ち遠しいったらねえな」
「そ、そうだよなぁ。俺も早くドリリてえっつーのに」
「え?ドリリ…なに?」
「おい万事屋、てめえ震えてねえか?」
「は、はあ?これはただの貧乏ゆすりだっつーの文句あんのかコラ」
「まさかてめえ…怖えのか?」
「んなわけあるかァァ!つうかいい年して歯医者が怖えとか恥ずかしいし?な、名前!」
「え?なんで?歯医者が好きな人間なんていないでしょ?」
「……え?」
「だから年齢とか関係無しに歯医者ってみんな苦手なもんでしょ?」

あ、みんな苦手なもんなんですかそうですか。……え、ちょっと待って、じゃあ俺の今までの努力って…

「次の患者さん、入ってきて下さーい」
「あ、私の番だ。じゃあまたあとでね銀ちゃん、土方さん」

そう言って去っていく名前の背中がなんだかものすごく遠くに感じたのは気のせいじゃないはずだ。


歯医者なんて大嫌いだ!
thanks.りん様


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