あいつは見るたびいつも空に向けて手を伸ばしている奴だった。

無口で無表情。
それがあいつの特徴だった。

おまけに無愛想だということもあって、まわりのやつらと上手くいってない面もあったけれど、その剣の腕は本物。

そして俺はたまにふと薄く微笑むその笑顔を気に入っていた。

「たかすぎ」

そいつは俺のことをそうやって呼ぶ。真っ直ぐな曇り無い眼で俺を見つめ、じっと射抜くような視線を向けてくるのだ。

「おめぇは変わってるなァ」

「なにが?」

「変に人と慣れ合おうとしねぇところとか、」

「そう?でもそれなら、たかすぎも一緒でしょう?」

「クク…、違えねぇな」

「うん、違いないよ」

そんなくだらない会話ばかりでも、そいつとなら不思議と飽きることはなかった。




そいつと出会ってから1年が過ぎようとしていた頃のこと。

その日は一段と攘夷軍の形勢が悪く、ひとり、またひとりと次々にまわりの仲間たちが倒れてゆく中で俺はほとんど独りきりで刀を振り回していた。

数時間後、ようやくあたりから敵の姿が消えたころ、消耗しきった俺の眼球は見知った姿を捉えた。

それは戦場だというにも関わらず、いつものように空に向かって片腕を突き出す刹那の姿だった。

「おい、馬鹿。何やってやがる」

「……たかす、ぎ?」

「…右腕どこにやった」

「げほっ…っ、…落とした」

「……足は?」

「っごほ!ごほ、…分かんない」

「……、まじで何やってんだよ」

吐血を繰り返しながらも、やはり彼女の無表情は揺るがない。

誰がどう見ても手の施しようがないのは一目瞭然。だがしかしそれでもなお、二人の会話は普段と変わらない。

「……もういいのか?」

「ん…。っ、ごほ…!…いい」

「……そうか」

「やれることは、…やったから」

「…じゃあ俺ァそろそろ行くぜ」

「げほっ、…ん、ばいばい」

「………オイ、刹那」

「……………なに、」

「………、てめぇと過ごした時間、存外悪くは無かったぜ」

最後は口角を上げてそう言ってやると、いままで何事にも同様する素振りすら見せたことのなかった刹那は、ほんの少しだけ目を丸くしたかと思うと、ふと口を開いた。

そして小さく、言葉を紡ぐ。

「…ありがと、たかすぎ」

そう呟いたそいつは、その時初めて俺に満面の笑みを見せた。

俺が一度見てみたいと思っていたそれは、特に珍しくも何ともない、普通の女の綺麗な笑顔だった。

だがあまりにも戦場には不釣り合いな光景に、やはり変わった女だったと思わずにはいられない。

その日の戦が一旦落ち着いたあと、仲間たちがいくら探しても彼女の遺体は見つからないままだというのだから、なおさらだ。

けれど俺は遺体が消えたことを不自然だとは思わなかった。







一度だけ尋ねてみたことがある。
どうしてお前は空に手をのばす?
そこには何かあるのか、お前には何かが見えるのか、と。

だがしかしそれを聞いて左右に首を振った刹那は思ってもみなかった答えを俺に示した。

「手をのばすのは、空に手が届きそうだと思ったとき。そんな気がしたとき、いつの間にか手をのばしてるの」

そう無表情に言ってのける刹那に、なるほどお前らしいぶっ飛んだ答えだなと俺が笑うと、あいつはやはり薄く微笑んだ。

今になって思う、彼女は雲のようなヤツだった。

自由奔放で掴みどころのない雲。

だから彼女は空に帰りたかったのだろうか。だから毎日空に恋い焦がれ、手を伸ばしていたのだろうか。

今となっては何の答えも出やしないが、ただひとつだけ言えることがある。

それは遺体が消えたのはきっと彼女が帰り着くことができた証拠だということ。

彼女は今も最後に浮かべた笑みを携えているだろうということ。


までの距離


それはきっと彼女までの距離。

だがもしも願いが叶うなら。
もう一度だけでいい、俺はあの笑顔に逢いたいと、そう願う。


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