ある昼下がりのはなし。
誰もが気持ちの緩む時間帯に、ばたばたと鬼兵隊内を駆けまわる音がひとつ。
それがようやく止んだ頃、総督室の前できっと仕事の話だろうと胸を弾ませているのは入隊してからまだ間もない頃の刹那だった。
みんなの役に立ちたいと常日頃から願い、仕事を待ちわびていた彼女にはまだ仕事の話が来たことはない。そのために今つい頬が緩んでしまうのは当然のこと。
そして刹那はそのままの気分で元気良く部屋の戸をノックした。
「高杉さんお呼びでしょーか!」
しかし返ってくる返事はない。
あれ、と首を傾げる刹那。
呼ばれてたのはつい先ほどのことだったのだから、それほど待たせてはいないはず。
まさか外出してはいないと思うのだが。
自分ではそう思うも、やはり部屋の中からの返事はない。
勝手に入るのはさすがに気が引けたため、仕方なしに引き下がろうと思い至った刹那は、先ほどとは打って変わって沈みに沈んだ顔をしている。
しかしそんな彼女はくるりと方向転換したとたん、突然ぴたりとその動きを止めた。
(……いや待てよ)
足を踏み出したまま硬直した姿勢で考えを巡らせる刹那。
はたから見ればただの不審者だが、幸い総督室の前はめったに人は通らない。
そして数分間、硬直状態を維持し続けた彼女は、突然勢い良く総督室の扉を開け放った。
もちろんノックなど無しだ。
そして彼女は扉を開けたと同時に涙目になりながら叫んだ。
「だれか来てえええ!高杉さんがゆゆゆゆ誘拐されっ、…あれ?」
……しかし言わずともがな、刹那が心配するようなことが起きるはずもなく、高杉はちゃんと部屋の中に居た。
ただし、さきほどの声にも反応していないのを見る限り、相当深い眠りに落ちているらしい。
「なんだ、お昼寝してたんだ」
そんな彼の姿を見た刹那は安堵の声を漏らし、何の気なしににゆっくりと高杉に近づいてみる。
初めて見るその寝顔を思わずしゃがみこんでまじまじと眺めていた彼女だが、突然はたと我に帰り、たらりと額に汗を流した。
「…………って駄目だ。もし今高杉さんが起きたら殺されるかもしれない」
そう思い至るやいなや、すぐさま部屋から立ち去るために立ち上がろうとした刹那だった…が、しかしそれは叶わない。
「………あれ」
なぜならばしっかりと着物の裾を掴まれているからだ。
もちろん、高杉の手によって。
しかしその時刹那の頭を支配したのは引き留められた理由ではなく、普段の彼からは考えられない、まるで縋るようなその動作から派生した言いようのない不安だった。
「高杉、さん…?」
「……………せ…」
「せ…?」
「…せん、…せ」
「……せん、せい?」
刹那がいくら思考を巡らせても、彼女の知る人物の中に高杉の言う"先生"は居ない。
それでも分かった。
きっとそのひとは高杉にとってとても大切な誰かなのだろう。
何故かとても寂しげに見えた総督を見ているだけなのはどこか辛くて、彼のもとに再びしゃがみこんだ刹那は自分の膝の上に彼の頭を乗せた。
そして撫でるような手つきで高杉の額に手を当てて口を開く。
次に目覚めた時、彼がいつもの彼でありますようにと願うように。
「高杉さん、大丈夫ですよ」
「………」
「私に仲間を与えてくれたあなたは決して…、一人きりなどでは有りませんからね」
部屋に差し込む木漏れ日に溶けるようなその声は果たして高杉に届いたのだろうか。
しかし僅かに頬を緩めた彼を刹那が見逃すことはなく、同じように微笑みながらも撫でる手を休めることはなかった。
ある昼下がりのはなし。
真昼の夢に見たもの
「…ん、」
「!!!」
(うわーうわーすり寄ってきた!
猫みたい!高杉さん猫みたい!
かわいいいいいい!)
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