まるで蝶のようだと謳われた。

ひらひらと縦横無尽に戦場を駆け赤を撒き散らしていく女侍だと。

要らない、欲しくないその名は、いつもいつも断末魔と共に私に向かって吐き出される。

「畜生…、この、紅蝶々が、っ」

「………」

そしてそれはまるで呪詛のように私の体に絡みついて、

「引くぞ、刹那」

「…………うん」

離れようとしない。

















「紅蝶々?なんだそりゃ」

「どうやら最近天人の間で刹那がそう呼ばれているらしい」

「はァ?なんでまたそんな…」

「刹那はいつも赤い戦装束を着ちゅうからかのう?」

「詳しくは知らんが刹那はお前のこともあってそういう渾名を嫌っているのは確かだ。皆今後その単語は出さぬように」

「ちょっと待て。俺のこともあってって何だ。俺ァなんにも聞かされてねぇぞ」

「何だ銀時。貴様気づいていなかったのか」

見るからに呆れたというふうに息をつく桂に、銀時が不機嫌そうな顔を見せたのは言うまでもない。

それでも思い当たる節がないのだから仕方がないではないか。

「……で、なんだよ」

「少し前に刹那がいつも機嫌を悪くしていた時期があったろう」

「あー…確かにあったな」

「あれは貴様が"白夜叉"と呼ばれ始めた頃だった」

「は…?」

「覚えておらんのか?」

「……いや、」






────────
────……

「白夜叉、だってさ。はは、なんか昔に戻ったみてェだ」

「銀ちゃん…」

「俺、ガキのころも鬼って呼ばれてたらな。たしかに俺にゃあ似合いの渾名かもしれ「銀ちゃん!」

「…?」

「銀ちゃんは銀ちゃんだから、誰がどう言おうったってわたしは知ってるんだからね」

「………」

「知ってるんだから!」

「お前なに、泣いてんだよ…、」

「なんでも、ない、し!」

「…………ふ、おい馬鹿」

「ばっ、馬鹿って」

「ありがとうな」

「…………なに、が」

「いんや、べつにぃ?」

────────
────……






「…覚えてるさ、もちろん」

「ふん、そうか」

「俺ちょっと行ってくるわ」

「刹那なら縁側だぞ」

「…………………おう」


どこへ行くとは言っていなくとも、笑みを含んだ桂の声は銀時がどこへ向かおうとしているのかなどお見通しだとゆうばかりにはっきりとしたものだった。

そしてその言葉を聞いた銀時はそれに小さく返事を返すと、縁側に向かって足を踏み出した。








「…刹那」

「あれ、銀ちゃん。どうしたの」

「べつに何もねェよ」

「そっか」

銀時が桂に言われた通りに縁側にたどり着くと、そこには刹那がぼんやりとした面持ちで座って居た。

いつもの笑顔はそこにはない。

「おい、おま「最近ね、」

「…………」

「私にも変な通り名がついたよ」

「…さっきヅラに聞いた」

「そっか。…私ね、あれ嫌い」

「だろう、な」

「だって私にはちゃんと、名前があるのにさあ」

「…………」

「せんせい、が、くれた…大切な名前が、あるのに」

今にも泣き出しそうな顔に下手くそな笑顔をはりつけて、彼女はそう言った。

彼女にとって名前というものはとても大きな存在であるということを銀時は知っている。

それは昔、名すら持ちえなかった刹那が師から貰った、最初のプレゼントだったからだということが大きい。

「名前はね、人と人を繋ぐ絆をつくるものなんだよ」

「絆?」

「うん、絆。名前を呼ぶとね、どんな形であれ、その人との間に何かしらの絆が生まれるの」

「…………」

「…だから私をあの通り名で呼ぶ人と私の間にできる絆。それは私達が敵同士だっていう絆」

「…………」

「あの名前で呼ばれた瞬間にね、ああ私はこの人に憎まれてるんだろうなって、そう思うの。それにね、その人の目には私じゃなくて"紅蝶々"が映ってるんだって思ったら怖くなって…、」

「…………」

「私が世界から消えちゃったみたいで、怖く、なって…、」

ゆるりと沈黙が訪れた。
遠くを見つめたままつらつらと言葉を紡いでいく刹那はいつもとは違う雰囲気を身にまとい、そこに座っていた。
しかしその隣に銀時が腰を下ろした直後、その空気をぶち壊すかのごとく彼の口からひとこと。

「お前は馬鹿ですかこのやろー」

「え………、」

「あーもう、ほんっと馬鹿だわ。何で分かんねーかなァ?」

「ちょ、いきなり馬鹿馬鹿ってなんかむかつく!馬鹿って言う方が馬鹿なんですよーだ!」

「るっせーよ。お前は馬鹿だし、泣き虫だし、おせっかいだし…」

「〜っ、おせっかいはお互い…」

「いっつも笑ってやがるし、元気だし、…あったけぇ、」

「え…、」

「ほらな、刹那は刹那だろ?誰がどう言おうったって俺はちゃんと知ってる」

その瞬間、目を見開いた彼女の顔が銀時の目に映った。しかしそれには構わず彼は続ける。

「渾名なんか知るかよ。めんどくせぇ、そんなもん覚えるほど暇じゃねえんだ。おめぇには名前なんざひとつで十分だよ」

「…うん!私、も、そう思う!」

「だろ?」

そう言った銀時が彼女の頭をぐりぐりと撫でてやると、刹那から零れたのは制止の言葉とほっとしたような笑顔。

(俺がこいつを護らねーと)

それを見た銀時がそれを見て密かにそう心に決めたことは、まだ誰も知らない。

過去にぐ誓い

それは少しだけ、昔の話。


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