春風が部屋を通り過ぎた。
長閑な空気が揺れるこの季節の昼前に、攘夷志士たちの拠点である廃寺にてある少女、刹那は銀髪の少年と睨み合っていた。
「銀ちゃんも行くでしょ?」
「だーから面倒くせえって言ってんだろうがよー」
「なんで!」
「だいたい何のために花見なんぞに行かなきゃならねぇんだよ」
「何のためにって、そりゃあ花見ってのは花見るためのものだよ」
「パス」
「っ〜、もういい!4人で行く」
「あ?4人って誰だよ」
「私と辰っちゃんとヅラと晋助」
「高杉も行くの?めっずらしー」
「お酒飲めるからね」
「あー、そーゆうこと…って酒?いま酒って言った?」
「うん!花見といえばやっぱお酒でしょ?」
「…まさかお前は飲まねーよな」
「え、飲むに決まって…「絶対に駄目だ!」
酒という単語を聞いたとたんに顔色を変えた銀時に刹那は首をかしげる。
「……なんで?」
「なんでって、…お前まさか覚えてねえの?!」
「だからなにを?」
「…とにかく駄目だ!」
「嫌!私は今日お酒デビューするんだって決めたんだから!それに銀ちゃんは来ないんでしょ?文句なんて言わせないもんね!」
刹那の勢いにたじろぐ銀時をよそに、彼女はすっくと立ち上がって部屋から出ようと足を進めた。
「おい!……ったく、」
最後に銀時に向かってべえと舌を見せた刹那が部屋から完全に出て行ったあと、銀時は一人部屋でうなだれていた。
思い出すのはまだ村塾に居たころのこと。台所で見つけた焼酎を刹那と共に興味本位で飲んでみた時のことだ。
それは幼き日の思い出、…否。
「…………、あれは悪夢だ」
所変わって拠点から少し離れた場所にある小さな穴場。
数本ではあるが満開の桜が枝を揺らすその場所に、刹那と桂、高杉、坂本の4人は立っていた。
そして桜の下で満足げににこにこと笑う少女は歓喜の声を上げる。
「きれいーっ」
「ほう、見事なものだな」
「満開じゃー!」
「それより酒だ」
「ほんっと、相変わらず晋助はそればっかだねえ…」
「くく、ったりめーだろ」
「あっ!私、お酌してみたい!」
早速とばかりに酒の入った瓢箪を持ち上げた高杉を見た刹那は目を輝かせて手をのばす。
「おめェにできんのかァ?」
「で、できるよっ!だってお酒を注ぐだけでしょ?」
「まァ、やってみろや」
そう言った高杉がすいと差し出したお猪口に、刹那の手によってゆっくりとぎこちなく酒が注がれていく。
ちょうどいいところで彼女が瓢箪を立て直すと彼は一息にそれを飲み干し、息をついた。
「…まあまあだな」
「これって上手い下手あるの?」
「そりゃあな」
「ふーん…、あ。ねえねえ、私もお酒飲んでみたい」
「へえ、珍しいじゃねえか」
「えへへー、」
「まあいいぜ、ほらよ」
そう言って高杉がお猪口に注いだ酒が刹那に手渡される。何もしらない桂と坂本はそれを微笑ましげに眺めているだけだ。
「わーい!じゃ、いただきます」
そして刹那がお猪口に口をつけた、その瞬間だった。
「ちょっと待てぇぇえぇ!!」
「お、銀時じゃなか?どうしたんじゃ、そがあに汗だくになって」
「刹那にっ、酒はっ、飲ませるな、っ」
「あ?何言って…「ひっく」
しかし時すでに遅し。
小さくしゃっくりが聞こえたほうを全員が見向くと、そこには顔を赤くした刹那がぼうっとした様子で座っていた。
「………」
「……刹那?」
「ひゃーい!なあにしんすけ?」
「…まさかとは思うがもう酔っちまったなんて言わねェよなァ?」
「あっはっは、なにゆってんろー、酔ってなんかないもん」
「……酔ってるな」
まわりの三人はへらへらと笑う刹那を呆れたように見ているが銀時は顔面蒼白といった感じで頭を抱え込んでいる。
「ああああああああ!最悪だ!
刹那っ、帰るぞ」
「何を言っておるのだ銀時?」
「いいから早…「あれー銀ちゃんがいるー」…っ、」
とろんとした目で銀時の顔を覗き込む刹那はいつもよりどこか艶めかしい。
それを見た瞬間、息をのんだのは銀時だけではなかった。
しかし次の言葉でそこに居た者達の思考は停止する。
「銀ちゃん、ちゅーして」
「!!!」
「ちゅー…」
「………」
「って、銀時てめェ何ほんとにしようとしてやがる!!!」
「っぶ!」
思わず顔を近づけた銀時にそうはさせるかと高杉が彼の顔面目掛けて拳を振り上げた。
しばらく無言で顔面を押さえ、震えていた銀時をよそに高杉は刹那を指差したまま口を開く。
「銀時ィ、こりゃどーゆうこった?お前こうなること知ってやがったのか?」
「〜っ、知らねえよっ、ただ前はこいつ酒飲んだとたん大暴れしやがったんだ」
「じゃあこりゃ一体な、…っむ」
「……………」
「……………」
「高杉ィィイィ!!」
桜ヶ丘で逢いませう
「しんすけ、もっかいチュー」
「ん」
「てめぇえぇえ今すぐ刹那から離れやがれコノヤロー!!」
「…刹那がキス魔だったとはな」
「あっはっは、こりゃ当分酒は禁止じゃのう」
「坂本、顔が笑っておらんぞ」
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