息をするたびに錆び付いた空気が肺に吸い込まれる。
真白だったはずの装束も今では赤黒く変色してしまっていて、ひどく重たく、動きずらい。
曇天の空の下、それを身に纏う少年は唇を噛み締めた。
Re:birthday
「何で…っ、どこだ伊織!」
「銀時、撤退だ!」
「駄目だ!まだ伊織が戻ってねえんだよ!」
「ここにはもう誰もいねぇよ!きっと違う場所で待機してやがらァ!」
「けど…!」
「………、銀時」
その時、歯を食いしばった銀時と桂、高杉の前にゆらりと姿を表したのは地面に向けて目を伏せている辰馬だった。
「辰馬!お前今までどこに…」
「………、伊織が…」
「いたのか?!っ、どこに…」
「……、そ、れが」
瞬間、今まで見たことのない辰馬の表情に銀時の背筋に冷たいものが走る。
どくりどくりと嫌な予感を暗示する心臓をぎうと押さえ、銀時は辰馬の肩を揺すぶった。
「伊織はどこにいた…?!」
「………」
「っ、辰馬!」
「………、あそこじゃ」
辰馬の言葉に素早く反応した銀時は、即座に彼の指差す方へと目を向ける。
しかし彼の目には誰も映らない。
「あ?誰もいねぇじゃ…、…!」
しかしふと目を下に向けた瞬間、探し求めていた人物が視界の端に留まる。
それは紛れもない彼の想い人。
赤く染まった伊織の姿。
「銀時…、あいつはもう…」
「っ、伊織!!!」
「おい銀時…!」
まわりの声には耳をかさず、すぐさま彼女のもとへと駆け寄る銀時。
彼女の身体を抱き起こすと、まだ僅かに暖かさを感じる己の手のひらに、心底ほっとする。
ついで、薄らと目を開いた伊織に優しく微笑みかけた。
「伊織、大丈夫か…?」
「ぎん、ちゃ…?」
「あぁ、もう大丈夫だ。今からすぐ拠点まで連れて帰ってやるからな」
「ありが、と…、でも、いい」
「は…?お前なに言って、」
その瞬間、銀時の目が限界まで見開かれる。
なぜならば彼の目に映ったのは伊織を支えていた己の手のひら、その手が余すところなく真紅で染め上げられていたからだ。
「お前これ…この、傷…」
「も…痛いのも、分かんないや…」
力無く笑う彼女の表情が、それが事実だということを嫌というほどに裏付けていた。
対する銀時は訳も分からず、ただただ呆然と立ち尽くす。
「ぎ、んちゃ…、」
しかしぽつりと呟かれた彼女の言葉に放心していた銀時の意識が現実へと引き戻された。
彼が彼女の方を見ると、今にも泣き出しそうな彼女が自分を見上げている姿があった。
「………なんで、かなあ?
わた…、わたし、死ぬのは、怖くなんかない、のに…」
「…………」
「銀ちゃんと…、会えなく、なるのは、……こわい」
「……っ」
「こ…わいよ、銀ちゃん…っ」
気づけば彼は泣いていた。
こわい、こわいと嘆く彼女と同じように、止まらない涙は地面に染み込んでゆく。
その間にも徐々に温度を無くしてゆく彼女の身体が、もう彼女に残された時間が僅かだということを彼に訴えかけていた。
「…怖く、なんか、ねえよ」
そうしてようやく声に成った銀時の言葉は泣き続ける彼女をあやすように、ゆっくりと紡がれた。
それは今までに聞いたことないほどどこまでも優しげで、愛の溢れた、彼の声色。
「…また、会えるから」
「………ほんと?」
「あったりめーだろ」
「ほんとうに?」
「あぁ、」
たったそれだけ、彼のそのたった一言で伊織は心底幸せそうな、安心しきった笑みをみせた。
そして彼女はその笑顔を浮かべたままにつぶやいた。
「銀ちゃん…約束、しよう?」
もうほとんど音にならない声でも銀時は一音も漏らすことなく拾い上げ、うなずく。
「次に会う場所は、…きっと、平和なところ、で…」
「………、」
「ただの恋人みたいに、さ、…一緒に、めいっぱい、生きよう」
「……ったりめーだろ、馬鹿」
「ね、ぎん、ちゃん」
「…なんだ?」
「生きて…、わたしと、出会ってくれて、…ありがとう」
「っ…、伊織…!」
「私、銀ちゃんのことが、すき」
最後の最後、涙を零してそう囁いた少女は、それっきりもう二度と口を開くことはなかった。
少年が少女の身体を掻き抱き、空に咆哮した、その夏の日。
少女と少年の物語はひとつの約束を残して幕を下ろした。
そしてその約束は数十年たった今ようやく、現代で息を吹き返す。
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