それは確かな絶望が蔓延る戦地にて、密やかな幸せを願った少年少女らの世界のひとかけら。

魂の追憶。


    Re:birthday


「銀ちゃん!」


風に靡く着物の袖は当時の少女らには相応し得ない戦装束。

しかしそれを身に纏う少女の笑顔は年相応に幼く、言うならば純粋無宅そのものだった。


「そろそろ戻れってヅラが…って、あれ?寝てんの?」


日が沈んでからもう随分とたつ。
夜風がざわざわと音をたてる小高い丘の上で寝転んでいる青年に少女は小首を傾げて言葉を投げた。


「銀ちゃん迎えにきたよー夜だよーごはんの時間だよー」


少女はしゃがみ込んで少年に話しかけるが、対する少年はやはり瞼を閉じたまま起きる気配はない。


「…おーい、」


仕方ないとでもいうふうにため息を吐いた少女が少年の髪に触れようとした、瞬間だった。

何の前ぶれもなく突然目を見開いた彼に、少女は驚く暇もなく草原の上に強く押し倒された。

いつの間に抜いたのやら、少女の首筋にはぴたりと白刃が添えられている。

そして刀を持っていない方の手は少女の首をぎうと締め付けていた。

ぎらついた殺気がざわざわとその場に溢れかえる。


「っ、ぅ…」

「は…、伊織…?」


しかし漸く暗闇に目が慣れてきたのか、少女の喉から漏れた小さな声に気がついたのか、少年はすぐさま喉を締める力を緩めた。


「っ、は…げほっごほ、っ」

「すまねぇ…!大丈夫か?!」

「っ、ん…だ、じょぶ…」

「…………」

「はぁ…、そんな顔しないでよ。もう大丈夫だってば」


そう言った少女がふと笑ってみせると青年は僅かに表情を緩めた。
しかしまたすぐに目を伏せる。


「…わりぃ」

「だからもう大丈ー…」

「ちげぇよ、そーじゃなくて」

「え…?」

「お前に刀向けるとか、俺…」

「………、…てゆうかさ!銀ちゃんがあそこまで熟睡してるのなんて久しぶりだよね!」

「へ…、は?」

「久しぶりだよね!」

「あ、あぁ…」

「最近は拠点でもあんま寝てないでしょ、銀ちゃん」

「…お前なんでそれ、」

「銀ちゃんが寝てるふりしてることくらいみんな知ってるよ」


少年のとなりに腰を降ろし、おどけたように笑ってみせる少女の顔はしかしどこか陰ってみえる。

そんな少女に気づいた少年はできる限りの笑みを返して言った。


「なんだそりゃ、お前は俺のストーカーか何かか?」

「あんたをストーカーする暇あるならアリの観察してた方がマシよ」

「え…、俺そこまで面白みの欠片もなかったの?」

「事実だもん」

「そのキッパリした顔やめなさい」


しばらくしていつの間にか二人を取り巻く空気はいつものように軽いものになっていた。

それに気づいているのかいないのか、二人の少年少女は夜空の下、笑う笑う、笑う。


「さてと、そろそろ帰らねーとな。お前ヅラに言われて俺を呼びに来たんだろ?」

「まあね。けど…、まだいいよ」

「は?」

「いいんだってば!それより、私はここにいるからさ、銀ちゃんはもっかい寝れば?」

「んなことしてたらヅラがまたうるせーんじゃねえのか?」

「……ここなら寝れるんでしょ?」

「……え、」

「拠点じゃ寝れなくても、ここなら寝れるんでしょ?」

「…………」

「だったら今はゆっくり休みなよ。ヅラにはあとで説明すればいいんだからさ」

「…けどよー、」

「お願い!」

「………、わかった!わかったからその顔は止めろ!」

「へ?その顔って?」

「……すっげぇ嫌な顔」


浮かべている本人は気がついていないのか、しかし少年の目に映る少女は今にも泣き出しそうな顔をしている。

いたたまれなくなった少年は少女に背を向け、再び地面に横になった。


「…………、ねえ銀ちゃん」

「あぁ?」

「ただのお昼寝でもゆっくり眠ることができないのは、辛いよ」

「………」

「銀ちゃんが辛いと思うことは私にも辛いから、だから…」

「ここさァ」

「…?」

「ガキの頃、先生とよく来てた丘に似てるんだわ」

「……うん」

「だからなんか安心すんだ」

「そっ、か」

「…けど、今はそれだけじゃねぇ」

「え?」

「たぶんお前がいるから、」

「………」

「安心、する」


驚いた少女がそう言った少年の方を振り向くが少年は背を向けたまま、少女が少年の顔を覗くことはかなわない。

しかし僅かに見える赤くなった少年の耳が、まるで少年の表情を表しているようで──、


「ぶっ、あははっ!」

「わ、笑うなコノヤロー!」

「だってまさか銀ちゃんがそんなこと言うなんて信じらんなくて」

「二度と言わねーから安心しろ!」

「えー!」


結局その夜、少年と少女は飽きることなく語らい続け、しばらくして拠点に帰り着いたと同時に桂からの鉄拳をくらう。

それを見て笑う高杉と坂本とともに、また全員で笑った。

その時の少女の笑顔はここが戦場だと言うことを思わず忘れしまうほどに、…呆れるほどに鮮やかだった。

だからこそ誰もが知る由もなかったのだ。

その日の翌日、そんな少女の世界が終幕を迎えることになるなど。

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