ゆらゆらと微睡んだ視界の中で聞き慣れた声がする。
嗚呼これは夢だと認識するまでにはさほど時間はかからなかった。
なぜならば私は生まれてからもう何百回と同じ夢を見ているからだ。


「伊織」


今日もまた己を呼ぶ声がする。
逆光で顔の見えないその誰かは私に向かって手をのばしている。
地に横たわった私は懸命にその手を掴もうとするがそれは叶わない。
どうしても、手が届かないのだ。

彼に向けて伸ばす私の手は真っ赤に染まっていて、次第に視界さえもその色で埋め尽くされてゆく。

そして私は涙と血でぐしゃぐしゃになった顔で、彼を呼ぶのだ。


「     」


そこでいつも目が覚める。
しんとした部屋にはもちろん自分以外には誰もおらず、僅かに聞こえる鳥の声が朝を知らせている。

いつの間にか頬を伝っていた涙を拭い部屋のカーテンを開ければ、そこには夜明け前の薄暗い空が広がっていた。

それははっきりしない夢の終わりを表しているようで、


「…あの人は誰なんだろう」


私はまた同じ疑問を呟くばかり。


    Re:birthday


高校二年生になったばかりの春。
つい最近あったクラス替えで別々のクラスになってしまった幼なじみ、名を坂田銀時という。
私にとって家族のような存在だ。


「おはよー銀ちゃん!」

「おせーよ馬鹿っ遅刻すんぞ!」


そしてクラスが変わってもいつものように家まで迎えに来てくれる銀ちゃんに朝のあいさつ。

ここまではいつも通りだった。
そう、ここまでは。






学校へと続く道を銀ちゃんと共に全力で走る、走る。

くそう、寝坊したのも遅刻しそうなのも全部あの夢のせいだ!
あんな朝早くに起きてしまっては二度寝しても仕方がないじゃないか!

そんな理不尽な文句を胸の内で愚痴りながらも足は尚も前を目指す。

銀ちゃんが隣で何で俺まで、なんて文句を言っているが、当然聞こえぬふりを決めこむ。


「あ」


その内にやっと校門が見えてきた。
どうやら遅刻は免れたらしい。


「よ、よかったー!間に合っ…」


だがしかし、そこでほんの少し気を抜いたのがいけなかった。

やばいと思った時にはもう遅い。

私は校門を目の前に大転倒。

突然のことに思考がついていかないのか、銀ちゃんは口をあんぐりと空けてこちらを見ていた。

ずきずき。膝小僧が痛む。


「………」

「………」

「……何やってんの」

「……痛い」

「………」


しばらくの沈黙のあと、その静寂を見事なほどにぶち壊したのは案の定、銀ちゃんの大笑いだった。


「っ、ぎゃっはっはっはっ!!
お前、何やってんの!何なんもないとこで転けてんの!!」

「う、うっさいばか、手ぇかして」

「あっはっはっはっ!」

「も、もういいわ馬鹿天ぱ!自分で立、っつう…」


あんまりに気恥ずかしくて勢い良く立ち上がろうとしたせいか、膝小僧が鋭く痛む。

思わず小さく呻いたわたしに気がついた銀ちゃんは笑うのをピタリとやめて即座にしゃがみこんだ。


「おいおい、血ぃ出てんぞ!」

「…だから手ぇかしてって言ったじゃんか馬鹿銀時」

「痛てぇなら痛てぇって言えよ!」

「……それも言ったし」


この男には聴覚という感覚機能が備わっていないのだろうかと今更ながら心底呆れる。

それでも決して苛つく気になれないのは、わたしの傷をおろおろと心配そうに見つめているのもこの男だからなのだろう。

その事実になんとなく胸があったかくなって、私は顔をほころばせた。


「とにかくほら、立てるか?」

「ん。ありが、…っ…!」


ふい聞こえた声に顔をあげると、少し上の方から私に手を差し出す銀ちゃんの姿があった。

それをみたとたん、フラッシュバックするのは夢の中の記憶。

つぎつぎに脳内に流れ込んでくる映像は今朝見たばかりのあの夢の、続き。

いつも聞き取れずに終わる私の言葉、その正体は───、



     「銀ちゃん」



それは私の声であって言葉ではない。私の声で紡がれた、誰かの言葉。

いつかのわたしのことば。


「ぁ、あ…、」

「伊織?」

「ぎ、ぎんちゃ…」

「どうし「銀ちゃん…っ」


私はたまらずに銀ちゃんに強く抱きついた。



会えた、会えた、やっと会えた。

ずっとあなたに会いたかった。
ずっとずっと、ずっと。



「…んだよ、んなに痛ぇのか?」

「ち…違、そうじゃなくて…」


けれど私の言葉は見事に授業開始を知らせるチャイムによってかき消されてしまった。

それを聞いたとたんに銀ちゃんは顔を真っ青にして私の体を引っ張り起こす。


「やっべ…っ、とにかく早く背中乗れ!走るぞ!」

「え…、あ、…うん」


言われるがままに銀ちゃんの背中に乗ると彼はすぐさま走り出した。

いつも見ているはずの銀色。
それが目の前でふわふわ揺れているのがあまりにも懐かしくて、狂おしいほどに愛おしくて、ふいに零れた涙は誰にも見られることなく頬を伝った。

そして────、


「すき…、っ」


私は幾年もの時を経てふたたびその音を紡ぎ出した。


「銀ちゃんのことが、すき」


昔と同じ声で、昔と同じように。
そして返事をくれるその声も昔と同じもの。


「は?…あぁ、俺も」


けれど、その心は果てしなく離れてしまったようで。





ごめんね銀ちゃん。
あの時わたしが泣いてしまったから、きっとあなたは困惑したよね。

何も知らないで当たり前なのに。
君は君であって彼じゃないのに。

だからわたし、あの時決めたの。

過去とはさよならしようって。
過去の私にも彼にも、
あの約束にも、さようなら。

だってね、やっぱり私にとっての幸せは今も昔も、君の幸せそのものだから。

なのにどうして君は泣いているの。


(どうして私の体は動かないの)


その時、彼と君の姿が重なって見えた。

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