ねぇ、あんたは生まれ変わりとかって信じてる?
あぁ?
輪廻ってやつ。
前世とか、来世とかあるじゃん。
なんだそりゃ。
どーなのよ。
どーって…俺ァそうゆう非科学的なもんは信じねえよ。
……そっか。
なんなんだよいきなり。
ううん。
「なんでもない」
もしもあの日の君の哀しげな笑顔に俺が気づけていたら、未来は何か変わっていたのだろうか。
Re:birthday
俺には同い年の幼なじみがいた。
名を伊織という。
どんな時でもいつだって一緒に居て、それが当たり前だった。
俺に向かって「銀ちゃん」と笑顔で駆けよって来るあいつのことがたまらなく可愛いくて、大好きだった。
けれどそれは所謂、恋心というものとは少し違う。
俺は伊織のことをただ単純に、家族のように大切に想っていた。
そしてそれはきっとあいつにとっても同じことだったと思う。
けれど高校二年生になったばかりのある春の日のこと。
あいつは何の前触れもなく、突然俺に向かってこう言った。
「銀ちゃんのことが、すき」
その時の伊織の表情は幼い頃から見慣れたあの笑顔ではなく、俺の知らない"女"の顔をしていた。
今までとなにか違うと感じていても俺はそれを認めたくはなくて、無理やりにいつも通りの態度を繕い「あぁ俺も」って答えた。
だがしかしどうしたことか、それを聞いた伊織はこの世の終わりを見たような顔をして喘ぎ泣きだした。
驚いた俺がどうしたんだと尋ねても彼女はちがう、ちがうと首を振るばかり。
俺はめったに見ない伊織の泣き顔にひたすら戸惑って、あいつの肩を抱いて呆然とそれを眺めていることしかできなかった。
暫くしてやっと落ち着きだした彼女は泣きはらした目をして、かすれ声でつぶやいた。
「家族とかじゃないんだよ」
「え…」
「……私のすきと、銀ちゃんのすきは、きっと違うんだね」
そう言い残して走り去っていったあいつに俺は言葉をかけることも、その背中を追うこともできなかった。
その時にはもう、俺は俺の気持ちが分からなくなってしまっていた。
だけど次の日、気まずいながらもいつも通りに伊織の家まで迎えに行くと、まるで何も無かったかのように笑う伊織がそこにはいた。
いつものように俺に向かって「銀ちゃん」と呼びかけ、いつものように駆けよって来て、いつものように俺に笑顔を見せた。
その時、俺はなぜかとても安心したのを覚えている。
その時はそれが何故だったのかは分からなかったのだけれど、今思えばきっと俺は怖かったのだと思う。
今までの"いつもの毎日"があまりにも幸せすぎて、これから先の"いつもの毎日"が変わってしまうことが怖かったんだ。
だから俺も伊織に対していつものように接した。
それがあいつにどれだけの悲しみを与えたのかも知らずに。
……何もかもを知らずに。
それは伊織が訳の分からない輪廻話を持ち出した次の日のこと。
何も知らない俺がいつものようにあいつを家まで迎えにいった時のことだった。
いつも玄関先で待っているはずの伊織は何故かそこには居なくて、寝坊でもしたのかと玄関のチャイムを鳴らしたが、出てきたのは彼女のおばさんだけ。
「あら、おはよう銀ちゃん」
「あ、おはようございますっ!
えっと…、伊織は…?」
「あの子なら今日は用事があるからってついさっき家を出たんだけど…銀ちゃん、聞いてなかった?」
「あー…なんも聞いてないっす」
「もうあの子ったら…ごめんなさいね、せっかく来てくれたのに」
「ぜんぜんいいっすよ。
俺今から追いかけてみます」
「ありがとうね、気をつけていってらっしゃい」
優しげな苦笑いを浮かべ見送ってくれるおばさんに手を振り、俺は伊織に追いつくべく学校へと走った。
今までこんなことが無かったために首を捻るが、その理由は検討もつかない。
そんなことを考えながら角を曲がったところで、目に入ったのは通りに出来ていた人だかり。
こんな時間に珍しいと思いながらもその場を過ぎ去ろうとしたその時だった。
人だかりの中から聞こえてきた言葉に足は走るのをやめた。
「交通事故だってよ。今救急車を呼んだそうだが…もう…、」
「かわいそうに…、まだ高校生じゃないか」
呼吸が、心臓が、身体の機能すべてが停止したような感覚に襲われた。
音が止んだ世界の中で目の前の光景だけが鮮明にまぶたに焼き付く。
ゆっくりと振り返ったそこには──
「伊織、…っ?」
見覚えのある少女が、その身体を真紅に染めて地に伏していた。
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