先生、私は、わたしは、この世界が憎くてたまらないんです。
あなたがなによりも愛したこの世界。あいしかったよ、それでも。

だって此処にあなたが居ないから。

私を抱きしめてくれた、優しくてだいすきでたいせつなあなたが居ないから。

あなたが居ないこの世界、ましてやあなたを嫌ったこの世界を愛することなんて私にはできませんでした。





雨が降る。やまない雨が。

空が泣くとはこういうことなのだろうか。やむ様子のないそれは容赦なく傷ついた私にも降りかかる。

「は…、っ、」

私はこのまま消えてしまうのかな?だいきらいなこの世界ともさようなら?

この世界が憎くて憎くて、どこにこの憎しみをぶつけようと参加した攘夷戦争。

一緒に戦ってきた仲間も、今は私のまわりで息絶えている。だがそこに銀ちゃんたちの姿は見えない。

よかった、きっとあいつらは生きてる。こんな姿は見られたくない。ここに彼らが居ないこと、それだけが私の幸運であり絶望であった。きっと私は独りで消えていくんだろう。

しかし後悔はない。

もうすでに一生分の涙を流しただろうし、かけがえのない友もできた。たくさんたくさん馬鹿みたいに笑ったりもした。

恋だって、した。
叶うどころか伝わることもない、密かなものだったけれど。

なのに、後悔などないはずなのに、どうして私は泣いているの?

その時、もう聞けないはずの声がした。

「伊織!!っ、」

動かない体で目だけを動かせば、そこに居たのは銀色の男。

「おい、しっかりしろ!」

『銀、ちゃ…。』

「しゃべんじゃねえ!!」

ねぇ、あなたに伝えたい想いがあるの。
こんなに汚れてしまった私を綺麗だと言ってくれたあなたに。

嗚呼、今ごろになって気持ちを伝えなかったアタシが憎いよ。

ねえ、もう伝わることはないだろうと思っていたけれど、今ここでそれを伝えることを、どうか許して。


いつもはぐらかしてごめんね。
大切にしてくれてありがとう。
一緒に笑ってくれて楽しかった。
仲間を想って共に泣いたことは、これからもずっと私たちだけの秘密だよ。


あなたは鬼なんかじゃない、優しくて綺麗な、ただの人間。
だから涙を隠す必要なんてないんだよ。あなたは独りなんかじゃないんだよ。

たくさんの想いをあなたに伝えられるだけの命が私にはもう残っていないから、すべての想いをこめてひとつ、言葉を紡いだ。

『あなたはあなた。私の大切なひと……だからたくさん笑って……この世界を、生き抜いて。』





その日は白い夜叉と恐れられた男が、戦場で涙した最後の日。
そして今日も男は笑う。だれを想うて笑うのか、それを知るはその男のみ。



だだ隣で笑いあうことができるのならば、それはなんて幸せなことなんだろうと。そう思わずにはいられないのです。

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