「雪だ」

ひらりと舞い降りた花びらのようなそれに銀時は手を伸ばした。もう片方の手にはその体には大きすぎる一太刀の刀がしっかりと握られている。

「銀時」
「あ…先生」
「晋助と小太郎が教室で待っていますよ。行きましょう」
「…ん」
「あ、ちょっと待って下さい」
「?」

そう言った松陽は自分が巻いていたマフラーを外し、銀時の首に巻いてやる。銀時はされるがままにぱちぱちと目を瞬かせていた。

「はい、できました。さあ行きましょうか」
「あ…ちょ、先生!」
「どうしました?」
「これ…」
「マフラーですか?」
「これじゃ先生が寒いだろ」
「私なら大丈夫ですよ。そのマフラーは塾に着くまで銀時に貸しておきますね」
「……ありがと」

その言葉ににこりと微笑んだ松陽は銀時の手をとり、再び歩き出した。僅かに頬を染めて歩く銀時は俯きがちに歩を進める。

と、ふいに松陽の足が止まった。
どうしたのかと銀時が上を見上げてみれば、じっと何かを見つめている松陽の姿が目に入る。
彼の目線を追ってみれば、そこには何か小さな影が大きな木の根本に座り込んでいるのが見えた。

そしてそれがもぞりと動いた瞬間、銀時はびくりと肩を揺らした。

「な、なに…あれ…」
「銀時、少し寄り道しますね」

松陽は困惑する銀時に微笑み、そう告げるとその影に向かって歩き出した。眉をしかめて彼に付いて行く銀時。しかしだんだんと近づくにつれて彼はその表情を変えていった。
何故ならばその影の正体が人間の子供であることに気づいたからだ。

「こんにちは、」
「………」
「そこは寒くないですか?」

寒くないわけが無いだろう。銀時は呆れ顔で松陽を見上げ、一人胸のうちでそう呟いた。一方で松陽は至極真面目そうに、いつもの微笑みを浮かべて子供へと視線を注いでいる。その時、何も答えない子供の目が初めて松陽と銀時の方を見向いた。

「っ、」

その子供はまだ年端もゆかぬ少女だった。そして少女の持つ蒼い瞳が銀時と松陽を捉えた瞬間、銀時の口から息が詰まったような声が鳴る。微動だにしないその双眼はガラスのように透明で、何も反射していないように見えた。色も、形も、光すら。

「目が…蒼い…」
「……あなたたちはなに、」

銀時のつぶやきに答えぬまま、少女は初めて口を開いた。
それにほどけた笑顔を浮かべて返事をしたのは松陽だ。

「私はすぐ近くにある村塾で講師をしている者です。そしてこの子は私の生徒」
「………」
「…君はだれですか?」
「なんでもない、ただの人間」
「そうですか…、ではどうしてこんなところに?」
「………村の人が」
「………」
「蒼い目なんてふつうじゃないって。気味が悪いって、近づくなって、言われたから、歩いてきた」

少女の声には怒りも悲しみも無い。ひたすらに無を張り付けたその表情は、しかし何故か銀時には泣いているように見えた。

そんな中不意に少女の目は銀時へと移り変わった。思わず肩を揺らした銀時に、少女の目はまあるくなる。そしてその理由は、

「……赤い、」
「!」
「きみの目、真っ赤だ」

銀時の目の色に興味を示したらしい、まっすぐに自分を見つめてくる少女に対して、銀時は嘲るように言った。

「……気味、悪ィだろ?」

どうしてそんなひねくれた発言をしてしまったのか、銀時本人も分からなかった。もしかすると久方ぶりに自分の目の色を指摘されたことがショックだったのかもしれない、彼自身気づかない内に傷ついていたのかもしれない。
しかし銀時に帰ってきた返事は予想もしていなかった一言だった。

「どうして?だって夕焼けの色でしょ、とても綺麗だよ」

無表情のまま夕焼けの色と答えた少女に目を瞬かせる銀時。そんなことを言われたのはもちろん初めてだった。思わず顔がほころびそうになるのを堪えて、彼は言い返す。

「…それならお前の目だって…空とおんなじ色してるじゃねえか」
「…………」

その瞬間の少女の驚いた顔といったらない。少女は大きく目を見開いて、じっと銀時を見つめていた。負けじと銀時もそれを見返す。その時間は数秒か、あるいは数分か。しかし銀時はその僅かな時間をとても長く感じた。そしてその時間を先に終わらせたのは突然寒さを思い出したかのように、くしゅんと小さくくしゃみをした少女の方だった。それを見た銀時がどこかほっとしたように笑う。

「…つうかお前、寒そーだな」

そしてそう言った銀時は徐に自分の首に巻いてあったマフラーを取ると、少女の首に無造作にそれを巻き付けていく。

「そのマフラー、貸してやるよ」
「…、でも「村塾までだけどな」

銀時のその言葉に松陽は微笑み、少女は目を見開いた。そしてそっぽを向いたままの銀時に少女は震える声で尋ねる。

「……、いいの?」
「つうか寧ろマフラー巻いたままどっか行ってもらっちゃ困るし。…これでさっきより少しはあったまったか?」

銀時の小さなその問いに、少女は初めて表情を崩して今にも泣き出しそうな笑みを浮かべた。
そして唇を噛み締めてひとこと。

「すごく…あったかい…、っ」

花びらのような雪が舞い降りるその日、少女はひとつぶの涙を零した。

あとに残るは手を繋いだ三人の後ろ姿。それは或る冬の日の物語。

「帰ったらみんなで何か暖かいものでも食べましょうね」

どこかの神様に福を

(出逢わせてくれて有り難う)

消えかけていた少女の心はこの日確かに、あるひとりの少年によって救われた。


皆様にも沢山の幸せが訪れますように。
101225 わらび



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