「何もこわくなんてない」

そう言う彼女はいまにも泣き出しそうな笑顔を俺に見せた。
そして今日もはたくさんの赤にまみれて魂を洗うのだ。

人はそれを外道だと笑うのだろうか。笑いたいなら笑うがいいさ。

けれど誰が何と言おうと、彼女ほど美しい人間は存在しない。
他の誰でもない、俺が断言する。

なぜならば彼女は俺にとって、初めて心から愛しいと想えた人間なのだから。





日がたつことに過激になってゆく戦状に彼女は毎晩涙を流す。

そのたびに俺はその涙を拭い、熱くなった瞼にキスを落として強く抱きしめた。

他の人間がいくら泣き喚こうが知ったこっちゃねぇが、彼女が泣いているのを見るのだけは、耐えられそうになかったから。




そして彼女はある日突然死んだ。

聞いた話では自分の体を盾に仲間を庇ったとのこと。

全身の刺し傷、特に左腕はもう何処に傷があるのか分からないほど赤に濡れていて、俺はただそれを呆然と見ていることしかできなかった。

そして彼女は燃えるような夕空の下、自らの体をも真っ赤に染め上げ、やはり泣き出しそうな笑顔で言ったのだ。

「何もこわくなんてない」

最後に俺の頬をひとなで。
それきり彼女の体はまるで人形のようにくたりと力が抜けたと同時に動かなくなった。

その瞬間俺の中で何かが千切れ、世界は黒く塗りつぶされた。
声にならない憎悪は喉の奥底でのたうちまわり、涙のかわりに笑みがこぼれる。

これが絶望というものだろうか。

「もう、何もこわくなんかねぇ」

彼女と同じ言葉を囁いた俺はそのとき、どのような顔をしていたのだろうか。




そして数年後、攘夷戦争が俺たちの敗北という形で幕を閉じ、世の中の人々が当たり前の平和を謳歌し始めたころのこと。

俺は妙な噂を耳にした。

「真撰組の隊士の中に、めっぽう強い女隊士がいる」

それは普段なら気にも止めないほどの、本当にただのうわさ話。
しかしその時俺は普通なら有り得ない、だが確かな確信を持った。

それはきっと彼女だ。

そしてやはりそれも燃えるような夕空の下だった。
俺は噂の女隊士に遭遇したのだ。

真撰組の隊服に身を包んだその姿は、やはり俺の記憶より少しだけ大人びた様子の彼女だった。

向かい合った途端、目を見開いた彼女に俺は思わず手をのばした。

まさかまた逢えるなんて思ってもみなかった。

ずっと逢いたくて愛しくて、恋い焦がれていた彼女に、俺が触れる、直前、





「貴方が高杉晋助ね」





そう言うやいなや刀を抜いた彼女は俺に向かってそれを構えた。

頭が上手くまわらない。

今こいつは何と言った?

どうしてこいつは俺に向けて殺気を放っている?

こいつは一体だれだ?

そんな疑問が頭を支配している間に何が起こったのかはよく覚えていない。ただ気づいた時には俺の下で息苦しさに涙を浮かべる彼女が目の前に居た。

愛しい女の首を締め上げる俺の目に、彼女の服のそでの奥に見える、大きな左腕の傷が映る。

俺はその日、その瞬間に、本当の絶望というものを知った。


神は指差しそれを


嗚呼、どうか夢であってほしい。
そして俺の記憶の中で笑う彼女を、この世界に返せ。

それが駄目ならばせめて、彼女の記憶の中にあったはずの俺を、彼女に返してやってくれよ。


お題:ギルティー


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