もしもこの世界で息がしづらくなった時はすぐに言ってね。
そうしたら私がキスしてあげる。

唇にめいっぱいのありがとうの意をのせて。

私と同じふうにこの世界を感じてくれた君へ、極上の感謝のキスをプレゼント。

「あんたはこの世界がすき?」

「すきじゃねぇ」

「じゃあ私と一緒だねっ」

「…だが嫌いでもねぇ」

「へ?」

「この腐った世界で当たり前みてぇに日常を謳歌している奴らは腹ただしいけどな」

「…それって嫌いってことじゃ」

「だが、」

「?」

「おめぇに会えたのは紛れもねぇ、この世界だからな」

「…………晋助」

「あァ?」

「その台詞くっさ…あだァ!!」

瞬間、晋助の煙管が私の額に見事クリーンヒット。

「黙れぶち殺すぞ」

「あっはっはー冗談だってば」

「つうかそれ返せや」

「あんたが投げたんじゃん」

ぷかぷか。煙管をふかす真似をする私に晋助が刺々しい視線を向けてくる。

はっはっは、そんな目したって私には通用しないよ!
だってもう慣れっこだもんね。

「…てめぇ何してやがる」

「え?晋助と間接ちゅ…」

「きめぇうぜぇ失せろ」

「いやん晋ちゃん照れてるーう」

でも少し茶化してみたのはさすがにまずかった。
そう確信したのは私が言い終わるか否かのところで、今度は煙管ではなく真剣の切っ先がこちらに向かって飛んできたからだ。

「だあああああ!」

「…ちっ」

「舌打ちした?!ねえ今舌打ちした?!」

「少し黙りやがれ」

「殺されかけて黙ってるばかはいない!大体しんす、っむ」

わたしの言葉を遮ったのは不意に唇に感じた暖かい感触。
貪るようなキスはこいつの癖だ。

暫くして唇から熱が離れたかと思うと、今度は体全体がふわりと暖かさに包まれる。

私は文句を言うより先にあまりの心地よさと安心感に思わず目を閉じた。


「…はー、あったかい」

「お前が冷てぇんだよ」

「てゆうか口封じにちゅーって…あんた乙女の唇を何だと思ってんのさ」

「…は、お前女だったのか」

「……、え?これは笑うべきなの?怒るべきなの?」

「知るか」


そう言って私を抱きしめたままの晋助はくつくつと笑う。

怒ったり照れたり笑ったり。

なんだ。存外こいつはまだまだ沢山の感情を持っていたんだな。
表情に出ないだけで。

そう思ったら何だか思わず笑みが零れて、なんとなく恥ずかしくなった私は晋助の胸にぐりぐりと顔を押し付けた。

「……なんだ、珍しい」

「…んー、私も晋助と一緒かも」

「あ?」

「ふふっ、なんでもなーいよ」

「……、その笑顔きめえ」

「………」


へたくそな


時に窒息してしまいそうになるこの冷たい世界。

そんな中でもひどく暖かいあなたの腕の中は、世界中でただひとつの私の安らげる居場所。

ねえしんすけ、知ってた?
きっとわたし、あなた無しでは呼吸すらままならないんだよ。

つまりあなたが傍に居てくれるなら、わたしはどこでだって息をすることができる。

どこでだって生きてゆける。


(あなたが居るこの世界なら、
存外わたしも嫌いじゃないよ)


もう一度重ねた唇に乗せたのはありがとうじゃなくて、愛してる。


title:たかい


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