深夜二時。ドアを叩く音に目を覚まし戸口を開けると、久方ぶりに会う恋人が満面の笑みで立っておりました。


けに溶けて


「ふ、ああ……。ねむ。超ねむ。寝ていい辰馬?」

「駄目じゃき」

(いやいやいや駄目ってなんだ。知るもんか、寝たふりしてやる)

「ぐうぐう」

「駄目じゃき伊織」

「ぐがー」

「起きんとちゅーするぜお」

「おはようございます」

「なんで起きるじゃ」

(そりゃあね、あんたがちゅーで終わるようなタチじゃないってことは私が一番理解してるから)

口には出さずに目でそう答える伊織はもう一度布団に身を沈ませると、今度こそ目をつむる。

「辰馬ごめんね、本当にいまは眠いの。もう瞼が岩より重たいの。お願いします寝かせてください」

「……駄目じゃき」

「なんで」

「せえっかく久しぶりに地球に帰れたがやき。それに今日は伊織と居るち決めちゅう」

「寝てたって一緒に居れるよ」

「起きててほしいんじゃ」

「ならせめて朝まで寝かせて…そしたらずーっと一緒だからさ、本当に今は、ねむ、た、い…」

「……、伊織〜」

つんつん

「…………」

「伊織〜伊織〜」

つんつんつんつん

(………なにこいつ超可愛い。
でもごめん辰馬、今はほんとうに構ってあげらんない、ねむたい)

「…しょうまっこと寝たがか?」

(うん、寝る。おやすなさい)

「…………」

(お、静かになっ……、っ!)

「伊織、」

耳元に生ぬるい感触。
つう、と触れてくるそれは辰馬の柔らかい舌で、わたしの背筋にぞわりとした何かが這い上がる。

「ば、っか!何やって…」

「お、起きた」

「そりゃ起きるわ!」

「アッハッハ!」

「笑うなバカもじゃ!」

「アッハッハ!…ひどい」

「もー、…寝る」

「だあめ」

「ひ、っ」

ぱくり。刹那にわたしの首筋に赤い花が咲く。
辰馬のくるくるした髪の毛が顔にあたってくすぐったい、のと、どこからかやってきた羞恥心がわたしの頬を紅潮させた。

「ちょ、…駄目だってば」

「おろ?寝たんじゃなかったが」

「……あんた言ってることめちゃくちゃだって分かってる?」

「なーんも聞こえん」

「ちょっと…」

「もうわしの好きなようにヤる」

「ちょっとォォォ!!」

たまらず伊織が辰馬の鳩尾に拳を入れれば、彼はベッドから見事豪快に落ちてしまう。

軽く息を弾ませた彼女は拳を震わせて威嚇した。

「それ久しぶりに会った恋人に対する台詞じゃないでしょーが!いきなり堂々と襲います宣言?!」

「………」

「てゆうか何でそんなに意地悪すんの!眠たいの、わたし!」

「………」

「って辰馬?何で黙ってるの?」

「………」

ベッドから落ち、姿が見えなくなってから突然ひとことも喋らなくなった恋人に、どこからか言いようのない寂しさと不安を感じた伊織は、今度はさっきとは打って変わって弱気な声をこぼした。

「た、たつま…?たつまあ、」

「………」

「どうしたの?今日の辰馬、なんか変だよ。どっか打ったの?」

「………」

「………、どうしていきなり無視するのよ」

「………」

「…っ、辰馬のばか」

「しょうまっことその通りぜお」

漸く返ってきた返事にうつむけていた顔を即座に上にあげる。
そこにはいつもと変わらぬ恋人の笑顔。いつもと変わらない、はずなのに、

(どうしてこんなに寂しいの)

「わしは大馬鹿もんじゃ」

「な、に…どうしたの、たつま」

「ごめん、ごめんちや伊織」

「た、」

「もっと一緒に居ればよかった」

そう言う辰馬に抱きしめられた彼女はただただ目を見開くばかり。
訳が分からないにも関わらず、体の芯が凍るような感覚を、伊織はこの時確かに感じた。

「何を、言ってるの。なんでいきなり、昔のことみたいにそんなことを言うの」

「うん」

「辰馬、たつまたつま、」

無性に怖くて、寂しくて、何度も何度も彼の名を呼ぶ。
それにつれて彼の腕の力が強くなっていくのを感じた。
今日はいつもと何かがちがう。

(何がちがう?)

はたと彼の名を呼ぶのをやめ、彼女は思考をめぐらせる。何かが違う、それは、どこから。

(そうだ、辰馬はどんなに忙しい時だって帰ってくる時は必ず前日に連絡をくれた。いつも嬉しそうに電話の向こうで笑っていた)

なのに何故、今回はそれがなかったのか。何故、深夜に突然やってきたのか。

考えるまでもない。

彼は本来、今夜ここに帰ってくる予定はなかった。それだけの話。

「一目会いたかっただけじゃったがやけど、やっぱり駄目じゃ。会ったら余計に離れたくのおなったぜお」

「なに、言って…」

「おんしが愛おしうてたまらん」

なんで泣いてんの、あんたが泣いてんのなんか初めて見るよ。そう思ってもそれを言葉にすらできないのは彼女の喉を嗚咽が塞いでしまっているから。

「伊織、愛しちゅうよ」

「………、やだ、やだよ」

「世界中のだれよりも、」

「た、つ」

「     」

そして彼はもう一度だけ彼女に愛していると囁くことと引き換えに、この世界から姿を消した。

まるで最初からこの部屋には彼女以外誰も居なかったかのように、それはもう、あとかたもなく。

そんな冷たい空間でぽつり呟く。

「馬鹿なのは、わたしだよ」

(こんなに貴方がすきなのに、いつだって貴方に伝えたかった言葉を最後まで言えなかったなんて)

止まりそうもない泪がシーツに染みをつくってゆく様を伊織は嗚咽を漏らしてただ眺めていることしかできない。

そんな自分が嫌で、彼女は唇を噛みしめ、また泪をこぼした。

「ねえ辰馬、お願いだから…」

部屋のカーテンから朝日がこぼれ初めてもそれは変わらぬまま、

「もうおいていかないで」

彼女の夜は明けそうにもない。




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