雨の中、ぐしゃりと沈んだ赤い肢体をふみわけ、歩く自分。

見えるものはひたすら赤くて、目を瞑ってしまいたいがしかしそれはできない。

目をそらしてはいけない、忘れてはいけない。

これは夢ではなく、確かに現実にあったことなのだ。

俺はこの赤をふみわけ、生き残った。そして踏みつけると同時に一生背負うことを決めたんだ。

伊織や新八や神楽、そして歌舞伎町の人々の温かみに触れ、幸せな今の日常。

それはかけがえのないものだがその幸せに浸っていてはいけない。過去を忘れることなど許さない、とでも言うようにたまに見る夢。

もちろん俺だって忘れるつもりなんかない、だがやはり俺も一人の人間。背負ったものの重みで苦しくなる時もある。

だからなのか、夢を見るたび自然と涙が零れる。

「ひとりの人間?あはは、面白いことを言うんだね。」

ふいに聞き慣れた声が耳に入る。
声のした方を見ると伊織が楽しそうに笑っていた。

しかしぴたりと笑うのを止めたかと思うと次に俺に向けられたのは軽蔑と憎悪を含んだ眼差し。

「あんたが、人間?嘘だ。あんたは夜叉(おに)だ。」

嗚呼、いつのことだったかは忘れてしまった。

だが確かにその言葉には聞き覚えがある。

そうだ、それは昔、誰かに言われたことのある言葉だった。

「叫ぶ。千切る。踏み潰す。私はあんなにも楽しそうなあんたを見たことはなかったし、今だってそう。あれ以来幸せそうなあんたを見ていない。」

やめてくれ、やめてくれ。

「幸せな今の日常?それも嘘だ。あんたの目はいつだって訴えているよ。血がほしい、血がほしい、ってさ。」

やめてくれよ。

「ねえ銀ちゃん」


く傷が愛おしい
    のしょう?


「あなたの悪夢もまた然り。」


ふと目を開けるといつもの万事屋の天井が視界にうつる。

なんだ、俺は夢を見ていたのか。
…あれ、夢?なんの夢だっけ?

まったく思い出せない。
思わず首をかしげていると襖の向こうから慣れ親しんだ声がする。

「銀ちゃーん!朝だよー!ご飯できたから神楽ちゃん起こしてあげて!」

重い腰を上げ寝室をでると、鼻をくすぐる朝食のにおい。

視線を台所にやればいつもと同じように伊織が笑顔で言う。

「おはよう銀ちゃん。」

「…はよ。」

なんでだろう。いつものことなのに今日はやけに伊織の笑顔を見るとほっとする。

ふいに涙が出そうになった程だ。

「もう、銀ちゃんったら寝癖ひどいよ?もういい大人なんだからしっかりしてよね。」

「へいへい」

「じゃあ神楽ちゃんよろしく!」

「へーい」

それを悟られぬよう欠伸をしながら適当に返事を返すと、俺は神楽を起こすべく部屋へと向かう。

   ....
またシアワセな一日が始まる、と、ほどけた笑みを浮かべたのを伊織には見せないようにして。

だから気づかなかったんだ。
伊織のつぶやきにも、

「今日はどんな夢を見たのかな?
………夜叉(おに)さん。」

夢の始まりと、終わりの境にも。





さあて、どこからどこまでが夢なのでしょう?




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