攘夷戦争真っ只中であったその頃のこと、ある攘夷獅子たちの拠点では穏やかな喧騒が響いていた。
『だーかーらー晋助の誕生日、もう今日なんだってば!はやくプレゼント決めよーよ!』
「つってもあいつが欲しいもんなんて分かんねーしよー…。第一あいつボンボンじゃん。欲しいもんあったら自分で買うだろ。」
『そ、そりゃそうだろうけど…』
「まったく、だからお前とゆうやつは…。誕生日プレゼントというものは需要より気持ちが大切なんだ。」
『さっすが小太郎その通り!』
「じゃがどうせなら喜ばれるものにしたいのう。」
『……だね。』
そして話は再びふりだしに戻る。
四人はこんな会話をもう何日も前から繰り返していた。
だがそんなことをしている内に気づけば日付は8月10日。
『あああああどうしよう!買いに行く時間もいるし、晋助が居ない今しかチャンスないのにぃい』
「そういえば高杉の姿が見えないな。出かけてるのか?」
『あ、うん。なんか遠方の攘夷軍の方に用事があるみたいで…。てゆうか今はそれよりプレゼントだよー!』
またすぐに半べそをかきながら髪をかき乱す彼女を見て銀時がため息を吐く。
「…高杉が好きなものから考えていけばいーんじゃねえの?」
『ぐす、考えたよ。でも晋助が好きなものっていったら…、』
「煙草は?」
『…立派な煙管もってる』
「音楽とか?」
『…高そうな三味線もってる』
「酒とかよ〜…」
『…誕生日じゃなくてもたまにあげてるんだもん。』
「あとは…、女?ぐはっ」
『どうやってプレゼントするっつーのよ馬鹿天ぱ!!!』
「私がプレゼントよ!みたいな」
『よし分かったお前の首をプレゼントにしてやろう。』
「すんません調子のりました。」
何の躊躇もなく刀を鞘から引き抜いた彼女に銀時がコンマ一秒でひらに土下座する。
そんな二人を見ていた桂と坂本は苦笑いを浮かべてそれを宥めた。
「落ち着け、今は銀時なんぞよりもプレゼントであろう?」
「ほーじゃほーじゃ、銀時なんぞほっといていいきに!」
「てめぇ等…庇ってんのか馬鹿にしてんのか分かんねーぞ。」
「「馬鹿にしてるに決まっておるだろう。」」
「あとで覚えてろよコノヤロー」
『ああもう駄目だ!ここにいるの馬鹿ばっかりだ!』
「お前も含めてな。」
『なんだとー?!』
「だから落ち着けといっておるだろう!」
「…あー、いいこと思いついた」
突然ぽんと手を打ちそう言った銀時を見て、彼女は目をまあるくする。
『本当?銀ちゃん』
「ああ。」
『教えて教えて!』
「いいけどさあ…おまえ俺の言うとおりにする?」
『え、あ。う、うん…?』
にやりと口角を上げて笑う銀時に若干嫌な予感はするも、とにかく今は本当に時間がない。
曖昧に返事を返したとたんに銀時に手を引かれ、部屋の外へと連れて行かれた彼女が後悔するまで、あと数十分。
時は過ぎ、わずかに夕影が残る空の下。高杉はようやく拠点へと帰り着いた。
鬼兵隊の面々と別れ、一人廊下を歩く彼の顔には少なからず疲れが見える。
「…あいつら俺ひとりに面倒くせぇ仕事ばっかまかせやがって労いの言葉ひとつも無いたぁ、いい度胸してやがるぜ。」
だがその文句を銀時たちに言うことすら気怠いのか、高杉は彼らが居るであろう居間に向かうでもなく真っ直ぐ自室へと足を進める。
彼にしては珍しく疲れの含んだ溜め息を吐き出して、部屋の襖をガラリと開いた。
『お、おかえりなさいませ〜』
刹那、開かれたばかりの襖は即座にピシャリと閉じられる。
閉めた襖の前で暫く沈黙する高杉が、再びゆっくりと襖を開くとやはり目に入るのは先ほどと寸分変わらぬ光景。
次に部屋に響いた低い声はもちろんそこの部屋主のものだった。
「てめぇ…、人の部屋で何してやがんだゴルァ。」
『…っていうわけなんですごめんなさい。そろそろ刀どかして?』
「ったく、やっぱあいつらの仕業かよ。こっちは疲れてるっつーのに嫌がらせたぁ、ここは一発…」
『いや嫌がらせじゃなくてさ…、いいから刀どかして?』
「……あいつらの体に思いしらせてやる必要があるよなァ、そう思わねぇか?」
『うん思う思う。だから話聞いて?!刀どかそう?!』
部屋内で首に刀を添えられているのは、いつもの戦装束ではなく艶やかな着物に身をつつんだ少女。
ようやく解放された少女を訝しげに眺める高杉は、未だ納得してない様子で問う。
「…これが嫌がらせじゃねぇなら何だってんだよ。」
花魁特有の乱れた着物着たこいつをしかも夜、目の前にして手ぇだすなってかァ…?嫌がらせ以外の何でもねぇだろ…。
だがしかしそんな高杉の心情など知るよしも無い彼女はぼそぼそとつづける。
『本当に嫌がらせとかじゃなくて…、今日は晋助の誕生日だから何かできないかなってみんなで話しててさ、でもあんまりいい案が出なくて……ならもう全部しちゃおうってなったの。』
「ほぉ。……で?それがどうしてこうなった?」
『うん。晋助はお酒と遊郭が好きだから私が花魁みたいな格好してお酌すれば喜ぶだろ、って…銀ちゃんが。』
「酒と遊郭……まあ違わねぇが聞こえは最悪だな。つうかこんな着物どーやって準備したんだよ。」
『なんか町で借りてきたって言ってたけど…』
「ったく面倒くせぇことしやがって…、あいつらぜってぇ楽しんでやがるな。」
深くため息をつく高杉を見て何を思ったか、彼女はふてくされたようにして頬を膨らませる。
『私だってこんな格好似合わないってことくらい分かってるもん。
でもこれなら晋助も喜んでくれるってみんなが言うからさ…。
私、楽器とか踊りとか全然できないから、これくらいの事しかできないけど……』
俯いたままそう言って、酒瓶をずいと自分の胸に押し付ける彼女の頬が紅潮しているのを、高杉は見逃さなかった。
『……まあこれくらいの事なら…、できる、し。』
そんな彼女の姿を見、目を丸くする高杉。そしていつものように、喉を鳴らしてくつくつと笑う。
「……しかたねぇから今日はそれくれぇで我慢しといてやるよ。」
そう言って彼女から酒瓶をひったくった高杉は縁側に腰を下ろすと、自らの隣をとんとんと叩く。
「来いよ、酌してくれんだろ?」
そう言って顔だけを自分に向ける高杉が、何とも優しい笑顔を浮かべているのを彼女も見逃さなかった。
そして一度ふわりと微笑むと高杉のもとへ向かう。
その後、戦乱の世からまるでその空間だけ切り取ったような、そんな穏やかな二人の様子がそこにはあったそうな。
いつぞやの祝盃
「つうかおめぇ、よくそんな着物着れたなァ?普通の着物より着るの難しかっただろ。」
『あ、ううん。最初はひとりで頑張ってたんだけどね、結局着れなかったんだ。』
「あ?じゃあどうやって…」
『銀ちゃんが着せてくれたの。本当は脱がせる方が得意だとかなんとか言いながら。』
「………今なんつった?」
『…本当は脱がせる方が得意…』
「その前だ。」
『…銀ちゃんが着せてくれた。』
「………。」
『………?』
「……着替え手伝わせたのか?」
『うん。』
「………。」
『……え、なにこの沈黙。』
「………。」
『し、晋助さーん?』
「銀時ちょっと来いゴルァア!」
『えええええええ』
高誕企画「誰かが、」に捧げます
8月10日 わらび
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