「ほたるが見たい」

じめじめとした梅雨も明け、暑い日が続くことようになってきた日のこと。

思いだしたようにぽつりと呟いた伊織に目をまあるくして振り向いたのは高杉と桂、そして彼らの師である松陽だった。

「何言ってんだ、いきなり」

「第一この時期にほたるなんて居るんですか?先生」

「はい、居ますよ」

「先生ほんとう?!いいなあー見たいなあー…」

「……とゆうか蛍とはどのようなものなのだ?」

「は?ヅラ見たことねえの?」

「ヅラじゃない桂だ。…本で読んだことはあるが実際に見たことはない」

「ええー!小太郎見たことないの?もったいなーい」

「仕方なかろう!夜は父上と母上が外出するのを許してくれぬのだ…。それより高杉は見たことあるのか?」

「あぁあるぜ。前に父上と見に行ったんだ」

少し得意げにそう言う高杉を見て、蛍とやらを見たことがないのは自分だけなのかと肩を落とす桂。

しかしここに居ないひとりの少年を思い出してはっと顔をあげる。

「先生!銀時は蛍を見たことあるんでしょうか?」

幼子特有の仲間ほしさから、もしかしたら彼だって見たことがないのかもしれないと淡い期待を込めて師に問う桂だったが、

「銀時とはおととい二人で見に行ったんですよ」

という返事によけい落胆するだけであった。

「……俺だけ仲間はずれ…」

「こ、小太郎、なんかごめん」

「いや…伊織が謝ることじゃないだろう」

机に伏せる桂を見て自分がはじめに言ったひとことがそもそもの元凶だと感じ取ったのか、伊織が後ろめたそうに謝るが桂は微笑んでそれを制す。

しかしそうは言ってもどこか元気なさげのは変わらない。

それを見て何を思ったか、伊織が師を見上げて口を開いた。

「…ねえ先生。今日、蛍見に行きませんか?」

その言葉にきょとんと目を丸くしたのは高杉と桂。だがしかし松陽だけはくすりと笑みをこぼした。

「伊織、今日の夜ご飯は何を作る予定ですか?」

「え?えーっと…いちおう焼き魚と里芋の煮物にしようかなって思ってますけど……」

「では団子餅も作りましょうか。私も手伝いますから」

「?」

突然訳の分からぬ質問をし、相変わらずにこにこと笑う松陽の真意が読めない三人はそろって首をかしげる。

しかし彼の次の言葉を聞いた瞬間、伊織の表情はパッと輝いた。

「そうすればきっと、銀時も文句を言わずについて来てくれるだろうからね」












そして日が沈み、月に照らされる影は五つ。

近くの小川は柔らかな光につつまれていた。

「う、わあ…!」

桂が感嘆の声を漏らす。
見たことのないほどの美しい景色がそこにはあった。

「きれいですね!先生!」

「はいとっても」

「ったくわざわざ何でこんな夜に虫なんか見に…」

「あっ銀ちゃんそっちは」

どぶん

「…川だよ」

「ぎゃっはっはっは!ばーかばーか!!先生っ、銀時が川に落ちましたあ!」

「こらこら晋助、そんなに笑ってはいけませんよ。ぷふ、」

「ちょ、先生まで…。てゆうか銀ちゃん!銀ちゃん浮いてこないんですけどォォォ」

「「えっ」」

「銀ちゃんさよーならー!!」

「あほ伊織っ縁起でもねーことゆうな!いま助けに行くからな銀時っ!」

「あっ、晋助!」

どぽん

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……え?」












それからすぐに川に入った二人を引き上げたのはくつくつと笑いを抑えられない様子の松陽だった。

「ゼェゼェ、危なかった…」

「し、死ぬかと思った…!」

「もうっ銀ちゃんはちゃんと前見て歩きなさい!晋助も泳げないなら無茶しないの!」

「「へーい…」」

「まったく。…ところで先生、なんでずっと笑ってるんですか?」

そう言って伊織が松陽を振り返ると未だ控えめに笑い続ける彼の姿。それを見た銀時が口をとがらせる。

「酷ぇよ先生っ!俺たちまじで溺れそうだったのにさー」

「おい糞天パ!先生に向かって何て口聞いてんだ!」

「ふふふ、すみません…。この川、銀時たちの腰丈ほどしか深さはないのにどうして二人とも浮いて来なかったのか不思議で……」

「「………」」

次の瞬間顔を真っ赤にした二人を見て、伊織と桂が涙ながらに大笑いしたのは言うまでもない。


に集う


「あれ、てゆうか私たちって何しに此処に来たんだっけ?」

「ああ!そうだっ蛍……」

「……、いませんね」

「いないね」

「いないな」

「…………」

「さっきの騒ぎで隠れてしまったんですかね?」

「……おまえらァァァ!」

「ちょっと待て!俺のせいじゃなくね?!」

「つーか俺悪くなくね?!」

「問答無用!!」

ざっぱーん

「…三人とも元気ですねぇ」

「………、先生」

「どうしました?伊織」

「小太郎があんなに楽しそうなの、わたし、はじめて見ました…」

驚いたようにしてそう呟く伊織の視線の先には、川の中で銀時と高杉を追いかけまわす桂の姿。一見怒っている様子の彼の表情は、よく見るとどこか微笑んでいるように見える。

「ふふ…、それは良かった。きっとこれからもっと楽しいことがいっぱいありますよ」

「っ、はい!…小太郎!晋助!銀ちゃん!私も入れてよー!」

はにかむようにして笑う伊織は三人のもとへ駆け出した。

そしてざぷんと水泡が散る。

水浸しで笑う四人を見守るのは優しく微笑む彼らの師と、ふわりふわりと舞い戻るほのかな蛍火だった。



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