きっと分かってたの、いつかこの日がくるってことは。ただ目をそらしていただけなんだよ、私たちはさ。ねえ、トシ。

『私、トシのことが好きだよ。』

「黙れ。」

『この世で1番、愛してるの。』

「黙れっつってんだろうが…!」

笑みを浮かべ愛の言葉を囁く伊織とは裏腹に、土方は明らかな嫌悪を剥き出しにして言葉を吐き捨てる。彼の声が震えているように聞こえるのは激しい怒りのためか。

『どうしたの?いつもなら俺もだって言ってくれるのに。』

「…お前はいつもそうやって俺のことを嘲笑っていたのか。」

『嘲笑う?なんのこと?』

「とぼけんな、この裏切り者が」

『裏切り者…ね、だったらトシだってそうじゃない。』

「なんだと?」

『トシだって薄々気づいてたんじゃないの?私が攘夷獅子だってこと。鬼兵隊の、一員だってこと…、気づいてて何も言わなかったのは真選組に対する裏切りにはならないの?』

「っ、違う!俺は…俺は…知らなかった…。」

『……』

「なんでだ、どうして、いつからお前は、…」

『……』

「俺のこと、好きだって言ってたのは俺に近づくための嘘だったのか…?」

『それは違うわ、…ただ。』

「……」

『私がこの世で1番愛してるのはトシだけど、私の世界の中心は高杉晋助だったってだけのハナシよ。』

「……そうか…、なら俺も、」

『……』

「俺も伊織のことを愛してたのは事実だけど、やっぱり俺の世界の中心は近藤さんだ。だから俺は真撰組としてお前を斬る。」

そう言ってスラリと抜かれた刃はギラギラと鈍い光を帯び、薄暗い路地裏では眩しくも見えた。それに目を細める伊織もゆっくりと自分の腰にある刀を抜き、土方にその切っ先を向けた。

それが合図だったかのように土方は走り出す。段々と無くなってゆく二人の距離があと1メートルほどになった時、勢いはそのままに土方は刀を振り落ろした。瞬間、彼の瞳に映ったのは───、

「っ?!」

穏やかに、哀しそうにして微笑む伊織の姿と、地面に向かって落下していく刀。




ズパン、




鮮やかに血飛沫が舞う。肩から腹にかけて切り裂かれた伊織の身体はぐらりと傾き、地面に向かって倒れていった。

しかしすぐに刀を手離した土方が伊織の身体を抱き留め、すんでのところでそれを阻止する。

まるで紅を塗ったような伊織の血塗れた唇はなおも美しく弧を描いており、その妖艶さはまるで遊女のそれだった。

対する土方は瞳を困惑に揺らしながら血の気の失せた顔で口を開く。

「伊織、お前…、どうして……刀を手放した?」

呟くような小さな声で伊織にそう尋ねれば、伊織は土方の頬にゆっくりと手を伸ばし、そっと包むようにそれに触れて口を開く。

『私が、トシのこと…を、斬れるわけがない、でしょ…?』

「だからなんで…っ!」

『言った、じゃん…私の世界の中心は…高杉晋助だった、って。』

「……」

『だった、の。トシに出会うまでは。』

とたんに目を見開く土方、それを見て伊織はやんわりと微笑む。が、すぐにごぽりと大量に血を吐き出した。

「っ、伊織!」

『ごめん、ね。ごめん。』

「いいからもう喋るな!」

『トシに、きつい想い…させた。彼女失格だね、あたし。』

「伊織、おれァ…『トシ。』

『泣かないで。』

言われてから気がついた。泣いているのは、自分。だが自覚しようがしまいが溢れる涙は止まらない。嗚呼そうか、きっと俺にとって伊織は…。

『私ね、トシには生きててほしいんだ。』

世界の中心なんかじゃなくて、

『だから笑って、きっと幸せになって。』

そんな大層なもんじゃなくて、

『…あいしてたよ、トシ。』

ただ単純に、誰よりも愛しい女だった。

それだけなんだ。


夕映えに


それっきり動かなくなった伊織の身体は徐々に冷たくなってゆく。傍らで彼女を見つめる彼は、それを拒むように強く強く彼女を抱きしめ、他の隊士が駆けつけるまでその手の力を緩めることはなかった。


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