ある日の春雨第七師団でのこと。
船内をせわしなく走り回る少女がいた。
その手には大量の料理が揺れている。

「あああああああ!」

奇妙な声を発しながら足を止めることなく船内を駆けるその姿に、団員達はそろって不思議そうにして見ている。その中には彼女の上司である阿伏兎ももちろん混ざっていた。

「一体何だってんだこの騒ぎは」

「ああっ阿伏兎さん丁度いいところに!ちょっと手を貸してもらえませんか?いま兎の手も借りたいところなんです!」

「それを言うなら猫の手だろ。
それでお前さん何やってんだ?」

「今日は神威さんの誕生日でしょう?だから地球の江戸っていうところの料理をたーくさん作ってみんなでお祝いしようと思って!丁度いま神威さん仕事で居ませんし、準備するなら今なんですよ!」

「あー…、そういや今日は団長の誕生日か」

「はい!けど江戸の料理って細かいし難しいし何より時間がかかっちゃうんですよ。だから私料理で手いっぱいで…。よかったらそれ以外の準備をお願いできませんか?」

「別に今暇だし構わねえぜ」

「ありがとうございますううう!さっそくコレとコレとコレ買いに行ってもらっていいですか?」

そうやっていくつかのパーティー用品が書かれたメモを渡された阿伏兎はへいへいと言葉を零しながら立ち去っていった。

「…よっし!じゃあ私は料理の続きに取りかかろうかなっ」

「すごく楽しそうだねー」

「えへへ…、やっぱり分かる?なんたってみんなでパーティーだもんね、楽しみだよー」

「へえーそうなんだ。で、それって一体何のパーティーなの?」

「そんなの決まって………る、」

そこではたと立ち止まる伊織。たらりと汗を一筋垂らして、まさかとは思いながらも彼女がそろりと振り向けば、そこには見慣れた笑顔があった。

「っ、か、むいさん!」

「やあ伊織。そんなに急いでどこ行くの?」

「あ、はい。調理室に行……じゃない!どうして神威さんがここにいるんですか?たしかまだ仕事中のはずじゃ…」

「伊織が居ないし、つまんないから帰ってきちゃった」

「ちょ…!駄目ですよ勝手に仕事ほっぽりだしちゃ!ほら、まだ間に合うと思うからなるべく早く戻ったほうが…」

神威が仕事を放棄してきたことも問題だが、そんなのもはや日常茶飯事。いまの伊織にとっての一番の問題は、せっかく彼に内緒で進めていたパーティーが露見してしうこと。それを防ぐためにも一刻もはやく神威には仕事にもどってもらわなくてはなからなかった。

「えー、やだ。伊織が一緒に来てくれるなら行くよ」

「い、行けませんよ私はっ」

「なんで?いつもなら仕方ないですねって言ってついてきてくれるじゃんか」

「えーとですね…。私これから大事な仕事があってですね……」

「じゃあその仕事俺も手伝うからそれ終わらせてから行こ」

なんで今日に限ってこんなに我が儘なのォォォ?!そう胸の内で叫びながらも、表情には出さないように努める。思わず笑顔をひきつらせてはしまったが。

いつもならこの辺りで引き下がるはずの神威は今日は何故か頑なにそうしようとしない。もしかしてものすごく不機嫌なのではないだろうかと伊織は神威の顔を覗き込んでみるが、やはりその表情はいつもの笑顔。

(…いやちがう)

どんな時でも完璧な笑顔を張り付けている神威だが、よくみると今のその笑顔はいつもと違って黒く、そしてぴくりとも動かない。これはつまり彼はいま不機嫌だということ。その証拠にいまもひしひしと肌に感じる禍々しいオーラに、思わず伊織は後ずさる。

「か…神威さん、もしかして今機嫌悪いかんじですか?」

「え?ぜんぜん?」

「や、でもなんか…って近いです近いです近いです!!」

神威のオーラに押され、じりじりと後ずさりしていた伊織はいつの間にか壁へと追いつめられていて、壁と神威に挟まれている形になる。2人の距離はもはや数センチ。

「…ねぇ、伊織」

囁かれた吐息が伊織の耳にかかってびくりと身をふるわせる。その姿に小さく口元をゆるませた神威は、そのままもう一度口を開いた。

「君が何しようとしてるのかは知らないけどさ、」

神威の目に映るのは、伊織のくるりとした大きな瞳。

「俺に隠しごとっていうのはちょっと気にくわないなあ」

それを聞いた伊織の瞳が一度大きく開くやいなや、くすりと零れる笑み。その姿を見て、あり?と首をかしげた神威に目を合わせた伊織はふわりと優しく笑って言う。

「それで不機嫌だったんですか」

「だから別に不機嫌じゃないよ」

「ふふ、そうですか」

かわいいなと思いながらもまさか本人にそう言えるはずもなく、ただただニコニコと笑う伊織になんだか悔しいような、それでもって愛しいような、よく分からない気持ちがあふれた神威は、思わず目の前で弧を描く唇をぱくりと食べるように口づけた。やっと笑うのをやめた伊織は、いまは真っ赤になって口をぱくぱくとしている。ほんと、見てて飽きないなあ、と今度は神威が笑った。





「伊織ー、言われたもん買ってきたぞー…って団長ォォォ?!なんでここに居んだ!ってか仕事はどうした?!」

「なんだよ阿伏兎うるさいなあ、邪魔するなら殺しちゃうぞ?」

「殺しちゃうぞ?じゃねーんだよすっとこどっこい!上から文句言われるのは俺なんだぞ?!」

「じゃあ全然問題ないじゃん」

「伊織!なんとか言ってやってくれ!って、どうした?顔真っ赤だぞ?」

「……………」

「あり?どうしたの伊織?お腹でもすいたの?そういえば調理室にすごいおいしいご飯がいっぱいあったんだよね、食べにいく?ほとんど全部食べちゃったけどまだ少しなら残ってるかも」

「………え?」

いまなんて?



──────────────
───────────

HAPPY BIRTHDAY 神威!
6月1日 わらび


back

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -