朝おめざめテレビで結野アナが言っていたとおり、昼頃から雨が降り出した。

そのころの銀時はというと万事屋のソファーの上で暇を持てあまし、何をするでもなくうなだれている。

雨の日は嫌いだ、と改めて彼は思う。
それは彼にとって雨は天敵以外の何者でもないからだ。
なぜならば雨の日の湿気は彼の天然パーマをこれでもかというほどに、普段以上にクルクルにしてしまうから。

「あーちくしょーイライラする、新八ィーいちご牛乳とってくれ」

イライラするときは糖分。
それは彼の中の定義だ。

その接種のためにちょうど台所に居た新八にそう声をかける、が、しかし彼に返ってきたのはいちご牛乳ではなく「無いです」の一言。

「今日の朝、銀さんが飲んでたので最後だったんですよ」

「うそ、マジで?やべーよ、伊織も居ないわいちご牛乳も無いわじゃ銀さん頭パーンしちまいそうだよ。ぱっつぁん買ってきてくんない?」

「天パの方はもうパーンしてるみたいですけどね。…ったく、暇なら銀さんが行って下さいよ」

「おーいてめぇふざけんなよ銀さんの天パにトドメさすつもりですかコノヤロー。今俺が外に出たらもうとりかえしのつかないことになっちまうだろうが!」

「知りませんよそんなん!大体僕だっていまあんたらの昼ご飯作ってて忙しいんですから!
……もう、そんなマダオじゃ伊織さんに嫌われ「行ってきまーす!」……ほんと、伊織さんには弱いんだから」

うしろで苦笑する新八をよそに、銀時は番傘を持ち、戸を開ける。

そんな彼の目に一番に映るのはやはり降りっぱなしの雨。小さくため息をつき階段を降りると、銀時は傘を開いて雨の街へと一歩をふみだした。

「…ったく新八のやろー、伊織の名前だすのは反則だっつーの」

彼らの言う、伊織という少女は銀時の想い人だ。

一度少女が万事屋に依頼に来たのをきっかけに、銀時が一目惚れしてしまった女でもあり、そんな彼女は銀時にとってかわいくてかわいくて仕方がない。

そんな伊織に嫌われてしまうなんて、考えただけで頭パーンどころじゃすまねぇと銀時がため息をもう一つついた、その時だった。

「…ん?」

彼の視界の端に映ったのは雨の中、傘もささずにしゃがみこんでいる女。

まわりの人間も銀時と同じように、彼女に向けて奇異なものを見るような視線を送っている。

ただ彼と他の人々が違っていたのは、そんな彼女をほうっておくことができなかったというところ。

「おーい姉ちゃん風邪ひいちまうぜ?何やってん……の…」

そう言いかけ思わず固まる銀時。
それもそのはず、今彼の目の前にいる女は正真正銘、彼の彼女である伊織だったのだから。

「あ、銀ちゃん。おはよー」

「おぉ、おはよーさん……じゃなくて!何やってんの?!」

「あはは、なんか雨降ってきちゃって…あの子がね、このままじゃ塗れちゃいそうだったから」

あの子、と言って指さされた方を見ると、そこには"拾って下さい"と書かれたダンボールの中に入っている1匹の子犬。
そしてその子犬の頭上には伊織の傘がさしてあった。

ああ、伊織らしい。
俺が愛した女はこんな女だったな、と思わず頬を緩める銀時。

「私の家はペット禁止だし、万事屋には定春がいるから連れて帰ることはできないけど…せめてこれくらいはしてあげたくて」

そう言って少し眉を下げてはにかむ彼女は、頭からつま先までびっしょりと濡れていて、見るからに寒そうだ。

「ったく……、ほら」

「え?」

「だから、おいで?」

傘を肩にかけ、両手をひろげる銀時を見て一瞬目を丸くする伊織だが、すぐにその言葉の意味を理解したのか顔を真っ赤にする。

「っ、えええ?!はっはず、はずかしーし無理無理無理」

「恥ずかしかねえって、それにそのままじゃさみーだろ?」

「私は恥ずかしいの!それに私びしょびしょだから銀ちゃんが濡れちゃうよ」

だからほら、このまま早く帰ろうと伊織が言おうとしたその時だった。
何を思ったか、銀時は突然傘を折りたたんだのだ。

「ちょ、銀ちゃん何やってるの!
濡れちゃ─…」

「これならいいだろ?」

「へ…、」

「俺も伊織といっしょ。もうびしょびしょだから濡れたってかまわねー、…でもやっぱ寒ぃから、せめて手でも繋がねえ?」

そう言って子供のような笑顔でやわらかく笑う彼に、ふいに愛おしさがこみあげた。

そして伊織は赤く染まった頬を隠すようにして俯き、つぶやく。

「あ、相合い傘…してくれるなら、手ぇつないでもいーよ……」



「…雨なんてもん、鬱陶しいだけだと思ってたんだがなぁ」

「え?」

「たまにゃあこーゆう日もあっていいかもしんねえ」

そう言う彼は右手の温もりを感じながら密かに微笑んだ。

そんな雨の日のはなし。





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