05.VS魔法使いとマミィ!
【承太郎さんと!】
「「「トリック オア トリート!」」」
「やれやれだぜ。化け物の数がずいぶん多いじゃねぇか」
にやりと笑った承太郎さんは、相変わらず格好よかった。
バスに揺られることしばらく。うっかり眠り込んでしまい、慌てた仗助に首根っこ掴まれたのは恨んでないよ。私も仗助に引きずられながら、同じように億泰の襟を掴んで引きずったし。二人も引きずれるなんて、仗助は力持ちだ。そんな馬鹿なことを考えながら、億泰が寝付いてから仗助に渡されたモノを忘れていないか、籠の中を確認する。うん、ちゃんと入ってる。
ともかく無事にホテルに着き、仗助がちゃんと承太郎さんに連絡をしてくれていたおかげで、承太郎さんもフロントに言っておいてくれたらしい。問題なく、むしろ気持ちよく案内してもらってほっと胸をなでおろした。ちょっとだけ心配だったからね。だって仮装した集団が乗り込んできたら、そりゃぁびっくりするだろうし。
「良かったね、案内してもらえて」
「うん、ちょっとドキドキしちゃったよ」
承太郎さんたちが止まる部屋へ伸びる廊下を歩きながら、康一くんと笑いあう。由花子もいいかげん、私相手に嫉妬はしなくなったらしいのでこれくらいで睨まれることはないのだ。
「お、あったあった。この部屋っスよ」
「おーっし、ホレ仗助、ノックしろよ」
まかせろと言ってドアの前に立つ仗助に、みんな身を寄せた。ドアを開けた承太郎さんの視界にちゃんと入るように。そしてその瞬間の承太郎さんの反応をみたいから。
仗助の大きな手が、硬いドアを打つ音が廊下に響く。同じように、部屋の中にも届いているんだろう。
「承太郎さーん! 来たっスよー!」
「あぁ、ちょっと待ってろ」
仗助の呼びかけに、低くて渋くていい声が応えた。承太郎さんだ。
みんなで顔を見合わせ、タイミングを計るように頷きあう。そわそわする私たちの前で、ドアノブが回り、開くドアの先に懐かしい白いコートが見えた。
「待たせた、な……」
ドアを押し開いた承太郎さんが驚いたらしいことが、ほんの少し開いた目でわかった。それが嬉しくて、私たちはにんまり笑って声を上げる。
「「「トリック オア トリート!」」」
「やれやれだぜ。化け物の数がずいぶん多いじゃねぇか」
「おぉ、来たかね。待っとったよ、みんな」
私たちの声が聞こえたのか、奥からジョセフさんも迎えに来てくれた。
「あれ?! ジョセフさん、その格好……」
「そのまさかだ。年甲斐もなくはしゃぐじじいの世話は面倒だぜ」
そのジョセフさんとその腕に抱かれた静ちゃんの格好に、思わずお菓子も悪戯も忘れてこっちが驚いた。
「もっちろん、ハロウィンじゃよ。似合うじゃろ?」
おちゃめにウインクをくれたジョセフさんの衣装は、紫のローブにとんがり帽子。星の散ったそれはまさしく魔法使いで、ジョセフさんの髭を整えた顔にぴったりだった。今のウインク、絶対に星が飛んでたよ。
その腕の中でご機嫌な静ちゃんは、産着の下に真っ白な包帯をぐるぐる巻いていた。解けかけた隙間から相変わらず見えない肌に、洒落にならないほどぴったりな透明人間だ。
「うわぁ、似合ってますね」
「そうじゃろ? おまえさんらがハロウィンをすると聞いてのう」
「ちょっとこの子は洒落にならないわね。透明人間なんて」
「静は透明人間ではないぞ」
「違うんですか?」
ジョセフさんに抱っこされてご機嫌の静ちゃんの頬を指先で撫でながら言う由花子に、ジョセフさんは首を横に振る。一緒に覗き込んでいた康一くんが首を傾げて尋ねるのに、うむりと頷いて曰く。
「静はマミィじゃよ」
「あぁ〜……」
「包帯まみれでは、ミイラも透明人間もあまり変わりませんね」
自信満々なジョセフさんに微妙な相槌しかできない私の後ろから、ミキタカがそのとおりだけど言っちゃいけないことを呟いた。ちょっと耳が遠くなってるジョセフさんには聞こえなかったようだけど。
「おい、おまえら入り口で溜まってないでさっさと中へ入れ」
「はぁーい」
「お邪魔するっス!」
承太郎さんに促されて漸く、ぞろぞろと全員が室内へと入っていく。
相変わらず良い部屋をとっているらしい。広々としたリビングがある部屋はこれだけの人数が入ったところで、まったく狭く感じられない。もしかして、これがスウィートルームってやつですか。
「うぉっ?! すげぇ!」
いち早く部屋へと進んでいた億泰の声が上がり、何事かと私たちも駆け寄って同じように驚いた。
「うわぁ!」
「すごいや!」
億泰と並んで飛び上がったのは私と康一くん。なんたって、目の前のテーブルの上には美味しそうなお菓子がたくさん用意されていたのだ。そしてもちろん、どれもハロウィン仕様で可愛い。
「わざわざ用意したの?」
「さっすが承太郎さん!」
「一応言っておくが、そこのじじいが言い出した事だぜ」
素直に驚いている由花子と承太郎さんにキラキラしい視線を送る仗助に、承太郎さんが帽子のつばを引き下げながら笑って言う。案外まんざらでもないように見えるのは、私の気のせいかな。
「美味しそうですね」
「ジョセフさん、ありがとう!」
「なぁに、わしが皆とお茶をしたかったからじゃよ」
顔をくしゃくしゃにして笑うジョセフさんが可愛くて、もう一度ありがとうと言ってから、静ちゃんを潰さないようにお礼のハグをした。色々と複雑な事情はあるけれど、やっぱりこのお茶目なおじいちゃんを私は好きだ。そしてそれは他のみんなも、当事者として素直になれない仗助も。
そのままお茶会が始まるのを止める人はもちろん居なかった。
お酒なんか入ってない筈なのに、テンションが高い仗助と億泰に引っ張られてか康一くんまで混ざって盛り上がってる。それのどこがツボをついたのか、頬を染めて見つめる由花子は相変わらずだ。その脇ではまさかのミキタカと承太郎さんという異色のコンビがなにやら話し込んでいた。通りがかりに「宇宙にヒトデが……」と承太郎さんの熱っぽい声が聞こえたのはきっと気のせいだと思うことにしておいた。時折宙になぞられる星の形も見ていないったら。
盛り上がる輪から少し距離を置いたソファに腰掛けて、ジョセフさんはにこにこと笑っていた。静ちゃんは先程おねむになって、ベビーベッドに避難している。
「ジョセフさん、隣良いですか?」
「おぉ、もちろんじゃとも。若くて可愛い女の子を断る理由はないからのう」
「ありがとうって言っときます。お茶で良いです? コーヒーにしましょうか?」
「じゃぁ、コーヒーをお願いしようかの」
ひとつ頷いて返してから、コーヒーを二つ手にして戻ってくる。ジョセフさんにはブラックを、私のほうにはミルクをたっぷり入れて。
それを手渡してから、私は彼の隣に腰を落ち着けた。
「ジョセフさん、今日はありがとう。会えるのをみんなで楽しみにしてたから、こんなサプライズがあって嬉しいです」
「そうかそうか、それは文句をたれる承太郎にお菓子を買いに走らせた甲斐があったというもんじゃ」
「あはは、その承太郎さんを見てみたかったかも。ジョセフさんの衣装も買ってきてもらったんですか?」
「そうじゃよ。こういうのが良いとわざわざ絵まで描いてみせての。そういう冬美ちゃんも、可愛い格好じゃの」
「えへへ、ありがとうございます。女吸血鬼ですよ!」
「ほう、吸血鬼か。エジプトに行った時も、相手がこんな可愛い吸血鬼だったらもっとやる気がでたんじゃがのう」
「前にちょっと教えてくれましたよね。DIOでしたっけ? でもその人も美人だったんでしょ?」
「でも男じゃからのぉ」
コーヒーを飲みながら、ゆっくりとした会話を楽しむ。若い頃は体格も良くやんちゃだったというジョセフさんの話は、彼のユーモアある性格と相まって聞いていてとても面白くて大好きだ。
「波紋」という力でコーラの栓を栓抜き無しで吹き飛ばした話の後、少し言葉を途切れさせたジョセフさんは、仗助を見ていた。その視線に気が付いて、私も笑っていた口を閉じる。
「……仗助も、楽しみにしていたのかのう」
「もちろん。一番はしゃいでましたよ」
「それは、承太郎が来るからじゃろうて」
「まぁ……」
それは否定できないことだから、むぐりと口ごもってしまった。でも、そればっかりじゃないのだって私は知ってる。
「ジョセフさんが来るのだって、仗助のやつ、本当は待ってたんですよ」
「冬美ちゃんは優しいのぉ。そう言ってもらえるだけで十分じゃよ」
「本当ですって! もう、だから自分でやれって言ったのに……」
「うん?」
騒いでいる仗助を恨みがましく睨む私に気付いてか、しょんぼりしていたジョセフさんがどうしたことかと首をかしげている。
それに肩を竦めてみせてから、籠から預かり物を取り出して差し出す。
「これ、仗助がジョセフさんに用意してたものです。自分で渡せって言ったのに、あいつなんかごにょごにょ言い訳して私に押し付けてきたんですよ」
「仗助が……?」
ジョセフさんは受け取った箱を手に、戸惑うように視線を彷徨わせ、最後に私を見てもう一度首を傾げる。
「開けてみてください。わかりますから」
「う、うむ……」
恐々というように箱を開けたジョセフさんの顔が、すぐに驚きと、そして戸惑いと嬉しさをにじませた笑みに変わる。
「仗助め……」
「あいつ、慣れないバイトなんかしちゃって頑張ってましたよ」
「そうか、そうか……。まったく、気にしとるんだったらそのまま返せば良いだろうに」
箱の中に入っていたのは折りたたみタイプの財布。正直、不動産王と聞くジョセフさんが持つには安すぎるだろうそれは、しかし高校生が買うとなるとそれなりに厳しい値段の品だった。
箱から取り出した財布を確かめるように手にするジョセフさんは、見ていてもわかるほど嬉しそうだ。彼が言っているのは、おそらくあの別れ際にやらかした仗助の悪戯のことだろう。
「私も言ったんですけどね。そしたら、あいつなんて言ったと思います? 『欲しかったのは中身じゃねーよ』 ですって。素直に、お父さんのものが欲しかったって言えないのはわかりますけどね」
ちゃっかり中身もいただいていたのも知っているけれど。しかし、今でもその財布を大事に使っていることも知っている。だから、情けないあいつの手助けを買ってやったのだ。
「ちゃんと、元のお財布に入ってたカードとかは戻しといたって言ってましたけど。確かめてくださいね」
「うむ、大丈夫そうじゃ……。おや? これは……」
私に促されるまま、財布の中を改めていたジョセフさんの手が止まる。財布のカードを入れるスペース。取り出されたのは一枚の写真。
「……仗助が?」
声を詰まらせるジョセフさんに、黙って頷く。彼はそうかと掠れた声を返し、じっとそれを見つめていた。
そこに写っているのは、一組の母子。二人ともカメラに向かって幸せそうに笑っていた。
「絶対ばれないようにしろよって言ってましたけど」
「そうじゃな……。大事に、ここに入れておくとするよ」
写真の事を知っているのは、本人たちと私だけ。何しろ撮影も、カードサイズへの加工も私がやったんだから。もちろん、誰に言いふらす気もない。
「難しいですね。みんなに幸せになって欲しいけど」
「それが生きるということなんじゃろうの。この歳になって、ようやくわかった気がするよ」
なんとなくやるせない気持ちになっていたけれど、それでも一人は今幸せなんだろうなと思える笑顔を見てむりやり納得しておいた。
そうして上げた視線の先、こちらを伺う目と目が合って立ち上がる。
「じゃぁ、私、あっち行きますね!」
「あぁ、ありがとうの、冬美ちゃん」
「いいえ! あ、冷蔵庫に一個だけプリンがあるんですけど、あとで静ちゃんにあげてくださいね。食べちゃ駄目ですよ〜」
わかってるというジョセフさんの声を背中に、みんなの輪へと戻ってくる。こっちを見ていたくせに、いつの間にか背中を向けていたフランケンシュタインの尻を蹴飛ばしてやった。
「痛ってぇ!」
「うっさい、このヘタレ! 喜んでたわよ」
「ヘタレは余計だ! ……その、ありがとよ」
「……ちょっとくらい、話してきなさいよ。物よりそっちのが嬉しいって、アンタだってわかってんでしょ」
「そりゃぁ、まぁ……」
「はいはい、いってらっしゃい」
煮え切らないでもごもご言っている背中をバシンと音がするほど叩いて追いやった。恨めしそうな顔なんて見ないふりだ。
そうして戻った輪の中で、承太郎さんがこちらを見て珍しく微笑んでいるものだから、わけのわからない照れを誤魔化しきれずに首を傾げて何かと訊いてみる。
「君は、相変わらず世話焼きで、仗助に甘いと思ってな」
「そんなことないですけど」
「そうか。いや、それでも良い。ありがとう」
「いや、その……、えぇと……。どういたしまして」
なんと返したら良いかわからず、それでもその感謝を素直に受け取る事にした。変わらない面映さを誤魔化すように、お菓子を楽しんでいるみんなの中に飛び込んでいく。
「うぉっ? あぶねーな!」
「あとで、集合写真撮るからね!」
億泰の文句を無視して、誰にでもなく宣言する。それに「当たり前だよ」とか「忘れてないわよ」とか「楽しみです」とか、返ってくる言葉が嬉しかった。
その日は晩御飯までご馳走になってから、承太郎さんの運転する車で送ってもらって帰宅になった。
みんなで撮った写真が二枚、カードサイズに加工されてひとつはアメリカで、ひとつは隣で弁当を頬張るこいつのポケットで、奇妙な縁のある財布にしまわれている。
「今度は、私たちがアメリカに行きたいね」
突き抜けるように高い青空を見上げ、呆れと同意の声を聞いていた。
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