「ジャック・オ・フロスト」

 ベランダに立った人影が空を見上げて何かを呼ぶ。彼女の白い息が宙に消えた時、その背後には吐く息よりなお白い人影があった。
「ジャック・オ・フロスト」それは彼女−−弘田冬美−−の冷気を操るスタンド。
 白い人型のジャック・オ・フロストが天へと両の手をかざす。暫くの空白ののち、やがて空から白いものがちらつき始めた。それは傍目には雪に見える。

「雪を降らせるとはな。天候をもいじれるとなると、たいしたもんだ」

 後ろからかけられた声に、驚くでもなく。冬美は小さく笑って振り返る。

「そんなたいしたことじゃないです。ちょっと上空の空気を冷やしただけで……。風花みたいなものです」

 控えめに笑い、冬美はベランダから暖かい部屋へ戻る。声をかけた、胸を締め付けてやまない男と二人きりになってしまった、切なさが甘い部屋に。



【誰が為に鐘は鳴る】



 冬の杜王町を冷たい風が吹きぬける。澄んだ空気に星が輝くはずの空は、冬の雲に覆われてただただ暗いその。曇天は、しかし雪を孕んだもの特有の重さはなかった。
 その雲の下、家々の明かりで、町全体が薄っすらと暖かそうな灯が点ったようだった。
 今夜はクリスマス。明かりの一つ一つでは、暖かくささやかな、あるいは何よりも愉快な、はたまた寂しげな、悲喜交々の想いが点る。
 そんな明かりの一つ。杜王グランドホテルの一室にて、楽しげな、いや楽しんでいる声が響く。

「承太郎さん! 楽しんでるっスか?!」
「きゃ!」
「仗助、何してやがる」

 ソファに座った承太郎に後ろから、隣に座っていた冬美を巻き込んで飛び付いた、というよりのしかかったのは、彼の年下の叔父である仗助だった。
 そんな彼らの前では、正にクリスマスパーティーの真っ最中だ。
 この部屋を借りている承太郎は、今年の夏まで杜王町に滞在していた。此処に居るのは、仗助を中心に、その時の仲間ばかり。そして承太郎は今、仕事ーー彼は海洋分野の研究者だーーの都合で杜王町へ再び訪れていた。
 クリスマスだと言うのに。
 彼を慕う子どもたちが、この機会を逃す訳もなかった。
 それは冬美も同じだ。彼女も承太郎に憧れていた。そう、憧れているだけだと思うようにしていた。
 そしてこの杜王グランドホテルにて、クリスマス会が開かれることになったのだ。

「せっかくの宴会だってのに、承太郎さんも先輩も隅っこに居るんスから〜。楽しんでんのか、仗助くんは心配になったんスよぉ」
「おれはお前らみてえにはしゃげるような年じゃあ、ないんでな。心配するな、それなりに楽しんでいる」
「うん、わたしもだから、気にしないでね、仗助くん」
「なんスか、も〜、二人して」

 年上の二人(とはいえ、承太郎に比べれば冬美は大した差は無いのだが)に軽くあしらわれ、仗助はやや納得していない顔をしていた。しかし、億泰らに呼ばれすぐに踵を返してソファから離れて行った。仗助が合流した途端、部屋の喧騒がまた増したようだった。

「ふぅ……」

 言い出しっぺの仗助らに誘われ、一も二もなくやってきた冬美ではあったが、この馬鹿騒ぎにあてられてしまったらしい。思わずため息が漏れてしまう。決して楽しくないわけではないのだが、やはり男女の違いはあるのだろう。
 そしてこの場には、何より恋しく、胸を苦しくさせる人が居るのだ。

「具合でも悪くしたか?」
「え?! い、いえ、ちょっと疲れたっていうか……」

 ため息を拾ったのか、承太郎の言葉に冬美は慌てて首を横に振る。
 しかし、その冬美の様子を見た承太郎の眉間に僅かに皺が寄る。その顔色を目にした冬美の瞳が揺れた。

「やれやれだぜ」
「あの、わたし……。え?」

 承太郎の口癖がため息とともに吐き出され、冬美の口からは思わず言い訳じみた声が漏れたが、途中で途切れてしまう。

「おい、仗助」
「じょ、承太郎さんっ?」
「なんっスかぁ、って、え?」

 仗助を呼びつけた承太郎が立ち上がったと同時、冬美も立ち上がる。振り仰いでそれを確認した仗助、一緒にその仲間達も固まってしまう。

「冬美が調子が悪いらしい。ちょいと席を外すぜ」

 そうやや一方的に言い切り、出口へと足を踏み出す承太郎の手の中には、ずっと小さい冬美の手があった。
 
「承太郎さんっ……」

 温かく、男性的に武骨な手に手を引かれるまま、冬美も共に部屋を出て行った。



 休憩の名目で二人が来たのは、承太郎が借りているもう一部屋。元々、大部屋は今日の集まりのために借りており、宿泊自体はこちらのツインルームだった。
 一人遊んでいたベランダから部屋へ戻りながら、皆と別れてから一度大部屋へ様子を見に行った承太郎を心配そうに伺ってしまったのは、先ほどまでの大部屋のテンションの高さから。

「まさか、お酒なんかは……」

 なにしろ、件の大部屋にはいわゆる不良のレッテルを貼られるに足る人間ばかりが集まっているのだ。羽目を外した時が恐ろしいと思ってしまうのは仕方ないだろう。
 そんな冬美の心配をよそに、承太郎は飄々としたものだった。

「お前も意外と固いことを言うんだな」
「一応、彼らの先輩ですから。巻き込まれると、一緒に居たわたしの内申に響きますもん」

 暗に肯定しているとも取れる台詞に、冬美の表情も苦くなる。高校三年生になる彼女が言うもっともらしい苦言は、しかし承太郎に鼻で笑われて終わりだった。

「これまで散々、有名な不良共と付き合ってきて、今更それを言うのか?」

 からかうように言われ、つんとすましてみせていた冬美の表情は拗ねたものになってしまう。
 事実、冬美は同じスタンド使いである彼らが好きで関わってきたのだ。確かに承太郎の言うとおり、今更そんな事を気にする事はない。ないのだが、そう言った心情を汲んで欲しいと思ったからだ。

「……そうですよ、単純に、皆の心配してるだけです。もう、ちょっとヒネタ言い方したって良いじゃないですか。照れくさいんですよ」

 冬美としては、というよりもこの年頃の一部の子供というものは、素直に心配しているだとか、優しい事を言うのは気恥ずかしいものがある。いわゆる「イイ子ちゃん」という評価を得ようとするのは、格好悪く、子供のコミュニティでは嫌われる元になる、と思っているのだ。
 大人に言わせれば、そんな思考すら幼く可愛らしいものかもしれない。その例に漏れず、承太郎は冬美の拗ねた表情を見てその端正な顔を柔らかく崩す。

「まだまだ子供、だな」

 背の高い承太郎からすれば、ずっと低い位置にある冬美の頭。その旋毛を隠すように、大きな手をのせ、優しく撫でる。

「……子供ですよ。甘やかしてください」
「てっきり、「子供じゃない」と噛み付くかと思ったんだが」

 承太郎の掌の下、その重みでか顔を俯かせながら呟く冬美の言葉に、承太郎は小さく眉を上げて驚きを表した。
 それでも何か続けるわけでもなく、冬美の髪を撫でていた手を離すと、ソファへと踵を返す。

「茶でも淹れるか。と言っても、ティーバッグのだが」
「あぁ、やります」
「そうか、なら頼む」

 冬美のこうして気の利く所を承太郎は気に入っていた。そう、気に入ってるだけだと思うようにしていた。

「お待たせしました」
「あぁ」

 ソファに座りこんだまま、冬美が差し出すホテル備え付けの湯呑みを受け取る承太郎。その隣に、冬美も腰を下ろす。
 しばしの無言。それぞれの手の中の湯呑みから立ち上る湯気は白が濃い。室内の気温がやや低いことを示している。
 何時もの制服姿の冬美は、冬物とはいえその気温に小さく肩を震わせた。
 隣に座る承太郎に、その震えがわからないはずはない。

「じょ、承太郎さん…?」

 冬美は、突然触れた温もりに驚き、小さく掠れた声を上げた。
 不意に承太郎に、片腕で抱き寄せられたのだ。
 承太郎の左に座っていたため、冬美の頬は承太郎の左胸に押し付けられていた。

「寒いんだろうが。我慢してるんじゃあないぜ」
「で、でも……」

 抱き寄せられただけ。憧れている人に。
 抱き寄せただけ。気に入っている子どもを。

「甘やかされたいんだろう? 子どもだから」
「……はい」

 なら、この心臓の音は何?
 なら、この熱は何だ?

「……寒いな」
「寒いですね……」

 今だけはお互い気付かないふりで、この寒さを言い訳に、この温もりにその身を浸す。それは酷く幸福で、身を切るように切なかった。
 窓の外では、静かに白い雪が降っていた。



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あとがき

流織様、リクエストありがとうございました。
承太郎のリクエストをいただきましたが、いかがだったでしょうか。
何より、遅くなってしまい、申し訳ありません。一度書き上げたものを、まさかのほぼ書き直すという暴挙に出ておりました。少しでも良いものを、と思ったしだいですので、どうぞご容赦ください。
4部承太郎はついつい既婚者であることを意識してしまい、切ないような、いけないことをしているような、そんな話になってしまいましたが、流織様のご希望にはそえたでしょうか。
これからも、オノマトペを宜しくお願いします!



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