X'mas×4部
【奇跡が降る街】


 クリスマスとは家族や恋人と過ごす、幸せな日である。しかし、必ずしもそれが叶うとは限らないものだ。例えば仕事で当日を共に過ごせないこともあるだろう。それでも、例えば翌日を愛する人の為に使うことはできる。
 ここでも、一人の少女がその願いを叶えていた。

「あ〜、マジ最高にカッコイイ!」
「……」
「そのクールなまなざしもシビレるぅ!」
「……」
「寡黙なところも超素敵です!」
「オイ……」
「あぁぁ、結婚してください〜!」
「冬美ぃ、テメェ、うっおとしいぞッ!」
「うるさいですよオマケの承太郎さん!」

 ただし、愛を叫ぶ相手がやや特殊であることが問題だった。

「おれをオマケ呼ばわりたぁ……」
「あぁぁ、スター・プラチナさん素敵ですぅぅぅ!」
「……」

 彼女が黄色い声を上げている相手とは、本体の空条承太郎を差し置いて、彼のスタンドであるスター・プラチナだった。

「いいかげんにしやがれ!」
「ぎゃっ!」

 いつまでも彼のスタンドに夢中な彼女に痺れを切らし、承太郎はその首根っこをひっつかんでスター・プラチナから引き剥がす。しかし、それでもスタンドを引っ込めないのは彼なりの優しさなのか。

「なっ、なにするんですか承太郎さん!」
「てめえがおれの存在を無視し続けてくれるんでな。ここらでちょいと自己主張をしておこうと思ってよ」
「ひどいですよ承太郎さん!」

 いたずらが見つかった猫のように片手にぶら下げられながら、視線はスター・プラチナから放さずにじたばたと暴れる冬美に、承太郎の口からはさらに大きなため息が漏れる。

「やれやれだぜ……」
「あ! 承太郎さんなにため息ついてるんですか! 女子高生の一人旅なんて危険を冒してまでアメリカに来たわたしに対して! 酷くないですか?!」
「ぐ……」

 承太郎のため息に思い切り噛みついた冬美に対して、承太郎は呻くしかできない。何故なら彼女がここ、アメリカ合衆国はフロリダ州に居るのは彼の為なのだから。

「可愛い可愛い徐倫ちゃんに、ホワイト・クリスマスなんてロマンチックなプレゼントをしたかったからって、ジャック・オ・フロスト持ちのわたしを呼ぶんですもん」
「ちっ! だから、旅費ほか費用はこっち持ち。そのうえ今日は一日、スター・プラチナを見せると約束してんだろーが」

 そう、彼の愛娘へのクリスマスプレゼントの為に、彼女のスタンド能力を借りていたのだ。
 冬美のスタンド、ジャック・オ・フロストは空気中の水分を凍りつかせることができる。端的に言ってしまえば、雪のようなものを空から落とすことができるのだ。それはつまり、雪の降らないフロリダでもロマンチックなホワイト・クリスマスを演出することが可能ということになる。
 そんな彼の思惑通り、昨日一昨日と、フロリダ州のとある街の一角では異例の雪の二日間となったのだった。(おかげで街が大騒ぎになったのは、この際気にしないでおく)
 そしてその対価として、クリスマスを過ぎた26日に彼女が惚れ込む承太郎のスタンド、スター・プラチナを貸し出すことになっていた。とはいえ、実際スタンドの貸与は不可能である。そしてスター・プラチナと言えば、近距離パワー型のスタンドである。いやがおうにも本体である承太郎が傍に居なければならないのが問題だった。

「だってまだ午前中なのに、承太郎さんすでにブチ切れじゃないですかー」
「テメェがうっとおしいからだ」

 こうして冬美の宿泊するホテルへと訪ねてきたものの、彼女の言うとおり承太郎の我慢は早くもすり減って居るのだった。彼の口から出てくるその理由も、言い訳の域を出ないものばかりである。
 だいたい、今日の始まりからして承太郎の機嫌は芳しくなかったのだ。出掛けに妻からは「あんな子供に無茶を強いて」と苦言を呈され、プレゼントに夢中の娘からはいってらっしゃいのキスを忘れられと、非常に面白くないスタートだったからである。ただし幸いなことに、幼く見られがちの日本人の特性からか、冬美と二人になることへの、例えば浮気などといった誤解を招くようなことはなかったのだけれど。(そのかわりの「あんな子供に」発言である)
 そんな本体の不機嫌を余所に、スター・プラチナはあくまで無表情を貫いていた。

「別に承太郎さんにキャーキャー言ってる訳じゃなし……」

 眉間に険しい谷を刻んだ承太郎から、スター・プラチナへと視線を移したとたん、冬美の顔が緩む。そして対照に承太郎の表情はまた険しくなるのだった。

「……そんな不満そうな顔しないでくださいよ。じゃぁ、承太郎さんにはわたしのジャック貸してあげましょうか?」
「まったくもって、いらねぇな」

 言うが早いか、彼女の背後に現れた白い人影に、承太郎はすっぱりと受け取り拒否の言葉を吐き出す。本体の冬美はその反応に頬を膨らませているが、彼女のスタンドはスター・プラチナ同様、ただ黙って彼らを見つめるだけだった。
 そもそも、スタンドが感情豊かであったり、言葉を発したりということはどちらかというとまれである。スター・プラチナやジャック・オ・フロストのように、戦闘時以外は静かであることが多いように見受けられる。
 だからこそ、承太郎は不思議だった。何故、冬美はスター・プラチナにそんなに夢中なのかと。それはまるで、恋でもしているかのように。
 スタンドとは、精神の力が姿を持ったもの。だとすれば、スター・プラチナはやはり承太郎自身であるし、あの冷え冷えとしたジャック・オ・フロストは明るく元気の良い彼女の根底にある部分なのだろう。
 彼や、彼の年下の叔父、他出会ってきたスタンド使いたちは、その気性に沿うようなスタンド能力を発現している印象があった。だからこそ、彼女の明るい気性に反した、冷たいスタンド能力は興味深い。例えるなら、真夏に対する真冬のような。
 まるで亡霊のように静かに佇む白いスタンドを眺めながら、承太郎はとりとめもなく思考を巡らせていた。そのとき不意に、彼は身体にごく軽い衝撃を感じる。それは直接何かを受け止めたのではなく、スター・プラチナを解しての感覚だった。

「……てめぇ、なにしてやがる」
「あ、お気遣いなく」
「意味がわからねえな」

 承太郎がじろりと睨んだ先で、冬美はスター・プラチナの腕の中からあっけらかんと笑って見せていた。
 先ほどの衝撃は、冬美がスター・プラチナにとびついた所為らしい。それを反射的に受け止めたスター・プラチナによって、今冬美は抱きしめられるようになっていた。もちろん、わかっていてやったのだろうが、大そうご満悦な様子に、承太郎は溜息を吐くしかない。

「やれやれだぜ。本当に、なにしてんだ」
「そりゃ、愛しのダーリンの胸に飛び込んだだけですが何か」
「何か、じゃねえだろう」
「何ですか、羨ましいんですか、承太郎さんもジャック・オ・フロストに抱きついて良いですよ」
「冷てえばっかだろうが」
「まぁ、氷ですから」

 ぽんぽんと小気味良い返事を返してくる冬美は、承太郎にすれば小憎たらしい。それでも、そのテンポは嫌いでもなかった。だからこそ、こうして付き合っているのだが。
 しかし、それとこれとは話しが別である。冬美がスター・プラチナに擦り寄るたび、承太郎にもその感覚が伝わるのはどうにも気持ちの良いものではない。有事の際は気にならない(というよりは、それどころではないというほうが正しい)感覚の共有は、平時にはやっかいなものらしい。

「おい、あまりベタベタするんじゃあない」
「良いじゃないですか。別に承太郎さんにくっついてるわけじゃないんだし」
「スタンドの感覚のこと、わかってて言ってんだろうな」

 げんなりといった顔をして見せる承太郎に、冬美は少し考えるそぶりをする。しかし、スター・プラチナから離れる事はなく、なにやらにんまりと笑っていた。

「やだ〜、承太郎さん、照れてます? かわい……」
「よし、歯を食いしばれ」
「嘘ですごめんなさい!!」

 無表情で拳を握りしめた承太郎と、抱き留めるというより拘束という方が見合う腕の力になったスター・プラチナとに、緩んでいた祥子の顔もひきつってしまった。慌てて否定しながら、降参と言うようにスター・プラチナに回していた両手を上げている。
 ようやく離れた腕の感触に、承太郎はこっそり安堵の息を吐いていた。

「まったく、なんだってそんなにスタンドが好きなんだかな」

 今日何度目かわからない溜息を吐きつつの承太郎の台詞に、冬美は拘束の腕を解いたスター・プラチナから少し離れて承太郎を見る。

「スタンドっていうか、スター・プラチナが好きなんです」
「……スター・プラチナは、スタンドだぞ。もっと、他に居るだろう」

 あまりこういった話題は得意ではない承太郎である。娘を持つ父親としての複雑な思いからの小言ではあるのだが、いざ口にするとなると冬美から視線を反らしながらになってしまう。
 冬美がそんな承太郎に向けて浮かべた笑みは、彼の目には映らなかったが、酷く寂しげなものだった。承太郎が目にしていたなら、杜王町ですら見たことがない、随分と大人びた表情に驚いたかもしれない。

「スター・プラチナじゃなきゃ、駄目なんです。承太郎さんの、スタンドだから。今は、まだ……」

 呟くように小さな声に承太郎が視線を戻す頃には、またスター・プラチナに飛びついていたため、見る事は無かったのだが。

「お前は、また……」
「もー、良いじゃないですか! 今日はスター・プラチナを貸してくれる約束でしょう?」
「はぁ……。何も、スター・プラチナを貸さないと言ってるわけじゃあない。折角アメリカまで来たんだ。少しは観光したらどうだ? おれが案内しよう」
「え?!」

 ため息交じりではあるが思いがけない承太郎の提案に、冬美の表情がわかりやすく明るくなる。その年相応の反応に、今度こそ承太郎は笑みを浮かべた。

「とっとと行くぞ。迷子になりそうだから、離れるなよ」
「じゃぁ、スター・プラチナと手をつなぎます!」
「……やれやれだぜ」

 嬉しそうにスター・プラチナの大きな手を取る冬美に、承太郎は諦めたように帽子を深く被り直す。しかし、冬美の小さな手をその手で包むスター・プラチナの表情は、心なしか柔らかく見えていた。



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あとがき

海葉様、リクエストありがとうございました。
スター・プラチナ夢のリクエストをいただきましたが、ちゃんと夢になっているでしょうか……。
スタンドメインというのを今まで考えた事が無かったので、新鮮かつ難しくも楽しく書かせていただきました。
楽しんでいただけると幸いです。
また、リクエストの際にお祝いの言葉をいただきまして、ありがとうございました!
連載も頑張ってまいりますので、これからもオノマトペをどうぞよろしくお願いいたします。


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