X'mas×4部
【聖夜に笑え】
今年も杜王町にクリスマスがやってきた。
とはいえ、そう上手い事ホワイトクリスマスになるわけではない。雪が多い地域ではあるが、大体が十ニ月の始めに降って一度止まってしまう。そして年明けにドカンと降るのが常だった。
今年もまた、あまり期待できそうにないと空を見上げて溜息をつく杜王町住人は多い。
「ホワイトクリスマスは無理かなぁ〜」
ここでも一人、杜王町の住人、鐘田祥子が空を見上げて残念そうに溜息を漏らした。
東北にある杜王町に暮らしてしばらく。今年は憧れのホワイトクリスマスを体験できるのではないかと期待していただけに、声はつい落胆の色を濃くしてしまう。
「まぁまぁ、良いじゃないっスか。雪が降ろうが、降らなかろうが、クリスマスはクリスマスっスよ〜」
そんな祥子に、買い物袋を抱えなおしながら立派なリーゼントの少年が言う。彼、東方仗助は生まれながらの杜王町民だ。そのため、雪に関しては思い通りにいかないものだと、諦めて久しいのである。
「そうだね。せっかく皆で集まるんだもの、楽しまなきゃね」
同じように買い物袋を抱えなおし、祥子も笑って頷いた。
今日、彼らはいつものメンバーで集まり、クリスマスパーティをやる予定なのだ。
場所は、あの一連の騒動の後、アメリカに帰った承太郎らと別れ、一人暮らしを始めた祥子のアパート。女性の一人暮らしの部屋にお邪魔するとあって、彼女の居る康一は別に、男子高校生二人のテンションが妙な具合に上がったのは余談である。
そして今、食材の買出しにと二人は町に出てきていた。残りの三人、虹村億泰と広瀬康一、山岸由花子は祥子の部屋で留守番中だ。祥子が購入していたクリスマスツリーの飾りつけに億泰が張り切り、そのストッパー役として康一と、彼が動かなければ動かない由花子が自然と居残りとなっていた。
「なんか、悪いっスねー。億泰がツリーに夢中になっちまった所為で、買出しに付き合わせちゃって」
仗助としては、食材の買出しというなかなかの重労働に彼女を駆り出してしまった事を申し訳なく思っていた。それからもう一つ、できれば億泰と一緒に買出しに出たかった理由があった。そこで重要なのは、康一ではなく億泰という部分である。
そんな仗助の気遣いも、頓挫した計画もわかっているように、祥子はにこりと笑ってみせる。
「大丈夫。重いものは仗助くんが持ってくれてるし。それに、元々、買出しにはついて行くつもりだったんだから」
「えっ、そうだったんスか?」
「そうだったんでス。だって、君たちだけじゃあ、心配なんだもの」
「そ、そんなことないっスよー」
仗助よりはぐっと低い位置からチロリと視線を投げられて、彼がうろたえるのに祥子はやっぱりと苦笑した。
「悪いこと考えてたでしょー。例えば、お酒、とか」
「げっ!」
わかりやすく声を上げる仗助に、やっぱりという祥子の声が、やや呆れ気味になるのは仕方がないだろう。
彼女自身、数年前まで同じように高校生であったのだから、何となく気持ちはわからないでもないのだ。だからといって、彼の計画を見過ごす事はできないわけだが。
「お酒は駄目だからね」
「そんな〜、固いこと言わずに……」
じとりと睨むような視線にも、仗助は軽く笑って調子の良いことを言ってのける。そんな仗助に、祥子も引くわけにもいかない。
「固いも柔らかいもないの。あと数年で好きなだけ飲めるんだから、我慢してよ。身体が出来てないうちから飲んだって、身体に悪いだけだよ」
「祥子さんは飲めるんスよね? 欲しいんじゃないっスか?」
「私はお酒なくても平気だもの。だいたい、まかりまちがって仗助くんたちが急性アルコール中毒で倒れでもしたら、唯一大人の私が責任とらなきゃなんだからね。未成年の飲酒を見逃したって」
「うっ、それは……」
「仗助くんは、私が罪に問われても良いの?」
「……はぁ〜、おれの負けっスよぉ〜。祥子さんが困ること、したいわけじゃねーっスから」
駄目押しとばかり、祥子が悲しそうな視線を送れば、仗助も大きな溜息と一緒に降参の声を上げる。それに祥子もようやく笑顔を戻す。話すうち、祥子の住むアパートは目の前だった。
「さ、皆が待ってるよ」
「はいっス」
玄関を開けると、たまたまトイレにでも立っていたのか康一が二人を出迎えた。
「あ、おかえりなさい!」
「ただいま、康一くん。二人は?」
「居間に居ますよ〜」
「康一〜、荷物片付けんの手伝ってくれねぇ?」
「良いよ。祥子さん、勝手に冷蔵庫にしまっちゃって良いですか?」
「うん、お願い! 私は奥、見てくるね〜」
買出しの食糧類の片付けは二人に任せ、祥子は居間へと向かった。とは言え、決して広くないアパートの一室である。扉を開ければ全体が見渡せるのだけれど。
「どーお? ツリーは」
「あら、おかえりなさい。どうもこうも、すっかり夢中よ」
祥子のベッドに腰掛け、由花子が呆れたように億泰を指差した。
そこには可愛らしく飾られたツリーの前に、大きな背中を丸めて座り込む億泰の姿がある。
「億泰くん、きれいにやったね〜」
「お〜、帰ってたのかぁ。なんか、懐かしくなっちまってよー。夢中になっちまった」
「そっかあ。楽しかった?」
「おう!」
にっかりと笑う彼の家庭環境は複雑だ。それでも、こうして明るく笑っているのを見ると、祥子はいつも元気付けられるのだった。そしてその笑顔につられるように、祥子もにっこりと笑って頷いて返す。
「さ、準備しようっか! 億泰くんは仗助くんたちとテーブルとか用意してくれる?」
「おう! 任せとけ」
「じゃぁ、由花子ちゃんは台所手伝ってもらって良い?」
「それくらい、いいわよ。康一くんに下手なもの口にさせられないもの」
各々に用事を頼み、祥子は由花子を伴ってリビングからキッチンへと戻る。それに気が付いた仗助と康一が、空になった袋を丸めながら振り返った。
「祥子さーん、荷物片付けたぜ〜」
「ありがとう。じゃぁ、二人は億泰くんと部屋の準備をお願い。簡易コンロ、床に置いてあるから。ガスボンベの扱いは気をつけてね」
元気の良い返事を背中で聞きながら、祥子は由花子と二人、キッチンに並ぶ。祥子が冷蔵庫から取り出した野菜を洗い、由花子が刻むという単純作業は、つい二人の口を軽くさせていた。
「ねぇ、由花子ちゃん。康一くんと二人きりじゃなくって良かった?ちょっとだけ、悪かったかなぁって思ってたんだけど」
楽しげな男子三人の声を扉越しに聞きながら、祥子が由花子を見るとその顔がほんのりと赤らんでいた。
「いいのよ、こういうほうが康一くんも楽しそうだし。それに……」
頬を染め、視線をまな板に落として口ごもる由花子の様子に、つい祥子の顔が緩んでしまう。
「まだ二人きりのイベントは恥ずかしい?」
「何よ、おかしい?」
緩んだ顔で言う祥子に、由花子は頬を染めたまま顔をしかめる。それに祥子は笑みを消せないまま首を横に振る。
「そんなことないよ。ただ、可愛いなーって思っただけ。幸せそうで羨ましいな」
「だって、わたしたち愛し合ってるもの」
しかめ面を瞬く間に蕩かせ、笑みを浮かべる由花子は本当に幸せそうだと、祥子はもう一度、羨ましいと小さく呟いた。
広いとは言いがたい部屋に見合ったちゃぶ台の上に並んでいるのは、冷凍食品のフライドポテトにスーパーの惣菜コーナーで買ってきたチキン。同じく惣菜コーナーのコロッケや春巻き、さっきキッチンで野菜を切っただけのサラダ。そしてメインは簡易コンロの上でぐつぐつと音を立てる鍋。
「……クリスマスパーティーって言うかよぉ」
「忘年会っスね」
「う、うるさいなぁ、チキンがあるから良いでしょ」
若干の不平に、祥子が頼りない弁解をしながら皆にジュースを配る。気分だけはと、先ほどの仗助との買出しの際にシャンメリーを買っていたのだ。皆の手にグラスが渡ったことを確認すると、一つ咳払いをする。年長者として、祥子が挨拶をする事になっていた。
「それじゃぁ、えーっと、今年一年、みんなありがとうございました。来年もよろしくお願いします」
「ちょっと、まるっきり忘年会じゃない」
「由花子まで……。もう、とにかくメリークリスマス!乾杯!」
「「「「メリークリスマス!」」」」
強引な乾杯に、グラスが慌しくも明るい音を立てた。
「お鍋は寄せ鍋だから、どんどん取って食べてね」
「いただきまーす!」
早速鍋に箸を伸ばす仗助と億泰の横で、由花子がかいがいしく康一の小皿に鍋を取り分けている。輪になって囲む食事に、甘いシャンメリーを飲みながら、祥子は温かい幸福感を噛み締めていた。
鍋の具材が半分になった頃、不意に部屋にチャイムの音が響く。
「あれ? なんだろう」
「宅配便っスか?」
「そんな予定は無いんだけどなぁ?」
仗助と一緒に首を傾げながら、祥子は腰を上げて玄関へと歩いていく。その後姿を見送っていた仗助の耳に、ドアを開ける音が届いて直ぐ、予想外の声が届いた。
「メリークリスマース! このおれを誘わないなんてどうかしてるぜ?」
「地球人としてお祝いしなければいけない日と聞いたので、教えてもらいにきました」
「裕ちゃん! ミキタカくん!」
「なんだとぉ〜〜?!」
来客の正体がわかった途端、仗助は玄関へとすっ飛んでいった。玄関に立つ祥子の背中越し、そこに居たのは確かに噴上裕也と、支倉未起隆だった。
「なんっでお前らが居るンだよっ!」
「わ、仗助くん」
「お前らが祥子ちゃんの家に集まってんのを見たからよぉ。クリスマスに集まってする事っつったら、パーティーに決まってんじゃねぇか。そこに美しいおれが居なくちゃぁ、華が無いだろ?」
「わたしはクリスマスというものを体験させてもらいたくて。母親役をやっていただいてる彼女とは、家族のクリスマスというのをやったので、今度は友人とのを試してみたいんです」
「お、お前ら〜……」
「まぁまぁ、折角来てくれたんだし、上がってもらおうよ」
「ちゃんと手土産だって持ってきたんだぜ?」
仗助としてはできればこれ以上人数は増えて欲しくなかった。特に、女好きで軟派な噴上裕也に関しては、追い返したくてたまらないところがある。大体、年上の祥子を「祥子ちゃん」呼ばわりしている事も気に入らなかった。
とはいえ、既に家主の祥子が受け入れてしまっていては、これ以上言ってはただの我侭になってしまう。結局、増員を黙って受け入れる事になってしまった。
「わ! お肉だ」
「どうせ鍋やってんだろ? 外からぷんぷん匂ってたからな」
「わぁ、嬉しいなぁ。ミキタカくんも野菜持って来てくれたんだね」
「はい、持っていけと渡されました」
何にせよ、祥子が楽しそうなので、仗助もこの場はよしとする事にしたのだった。
「うぉっ?! テメー何来てンだよぉーっ」
「うっせー、楽しそうな事しやがって! おれたちも混ぜろ!」
「わたしも居ますよ、億泰さん」
「ミキタカまでか!」
ずかずかと居間へ乗り込んできた裕也に、億泰が驚いた声を上げる。それに堂々と切り替えした裕也が床に腰を下ろすと直ぐ、祥子が手土産の封を開けて戻ってくる。
「まぁまぁ、お土産にお肉に野菜の追加持ってきてくれたんだよ」
「マジでか?! 裕也イイオトコ!」
「はっはっは! よきにはからえ」
祥子の言葉での億泰の変わり身の早さに、それに乗っかった裕也の台詞に、部屋に笑い声が響く。
「あ、ミキタカくん、何か飲むかい?」
「ありがとうございます、康一さん。あぁ、今日もお二人は一緒なんですね。これが恋人のクリスマスというものですか」
「み、ミキタカくん」
「ちょっと、アンタ変な事言わないでちょうだい」
「変じゃありませんよ。お二人は恋人なんですから」
天然というのか、本当に宇宙人故の感覚の違いからか、康一と由花子を恋人と強調するミキタカに、二人の顔が赤くなる。しかし、そんな二人の顔はやはり満更でもなく、幸せそうだった。
各々の様子を見回し、祥子もまた顔をほころばせていた。そうして隣に座っていた仗助へ、嬉しそうに話しかける。
「皆集まって、楽しいね」
「そうっスね、スゲーにぎやかになっちまったスけど」
「それが良いんじゃない」
鍋を二人分取り分けながら、祥子は目を細めていた。
「最初の、あの春の頃は、本当にどうなっちゃうんだろうって。一人ぼっちでどうしようって思ってたから、今がすごく幸せなんだ」
「祥子さん……」
誰もが忘れかけてしまうほど杜王町に馴染んでいる祥子は、元はと言えば世界すら飛び越えてきたのだ。そんな彼女の言葉に、仗助は少し胸が詰まる。
「一番最初に出会ったのが、仗助くんで本当に良かったなって。ありがとう、仗助くん」
そんな仗助の心中を知らず、祥子はただただ幸せな顔をしている。だから仗助も、笑ってみせた。
「おれも、祥子さんに見つけてもらえて良かったっス。あン時はホント、大ピンチだったっスから」
「あはは、本当に嫌いなんだね、亀」
「ダメっスねー、あれは」
おどけたように話す仗助に、祥子も声をもらして笑う。
部屋には笑い声と、温かい空気と、ダシの匂いと、柔らかい幸福感が満ちていた。
「また、来年も一緒に過ごしたいね」
「そうっスね。おれとしては、できれば……」
「うぉっとぉ?!」
「あ! バカ!」
「ジュースこぼすー……あー、こぼしちゃった〜」
「大丈夫? 布巾ふきん!」
言いかけた仗助の言葉は、とうとうジュースのコップをひっくり返した億泰への野次に掻き消されてしまった。
(くっそー、億泰のやつ! タイミングが悪すぎるんだよぉー)
布巾を片手に、輪の中に入っていく祥子の背中を眺めて、仗助は言いかけた言葉を飲み込むように、鍋をかき込むしかなかった。
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あとがき
きなこもち様、リクエストありがとうございました。
リクエストいただきました高校生組夢、いかがだったでしょうか?
とにかく大人数で、まとまりがなくなってしまった気がしてなりませんが、ご期待に添えていることを願います。
これからもオノマトペをよろしくお願いいたします。
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