X'mas×4部
【岸辺露伴は動けない】


 腹立たしい事に、この岸辺露伴の神経を逆撫でる輩が居る。あのクソッタレ仗助とはまた別に、だ。それこそ、あいつだったら殴るなりヘブンズ・ドアを仕掛けるなりすれば済む。しかし、ことはそう単純な問題じゃあないのだ。少なくとも、ぼくにとっては。
 そいつは弘田冬美、16歳、ぶどうが丘高校1年生。なんでも康一くんと同じクラスらしい。そして驚くべきことに、あのプッツン由花子の友人なのだそうだ。その時点で、こいつがどれだけお人よしかは言うまでもないだろう。なにしろ山岸由花子といえば、自己中心的・暴走癖持ち・富士山より高いプライドの三重苦だ。そいつとまともな友人関係を築いているってんだからな。
 ただし、容姿で言えばなんの面白みもない奴だ。はっきり言って、由花子と並べば彼女の引き立て役でしかない。制服は規定通りでクソッタレ仗助やアホの億泰のような改造はしていない。スカート丈の違反だって教師が気にも留めない程度。目も当てられないような格好の奴らは腐るほど居る学校の癖に。靴下も精々ワンポイントを入れているだけ。個性なんざありゃあしない。そもそも、スタンド能力すらもっていないのだから、全くもってこの天才漫画家である岸辺露伴の興味を引くような人物じゃあないんだ。ないはずなんだ。

「露伴先生、こんにちはぁ」
「なんだ、また来たのか。大概、君らも暇人だな」
「そうですよぉ。遊んでくださぁい」

 皮肉を言いながらも受け入れてしまうのは、オーソンの横から消えてしまったあの笑顔にほんの少し似た、彼女のこのふやけた笑顔に気を引かれてしまうからだ。
 どう対応したものか逡巡しているうちに、インターフォンを鳴らした彼女の後ろからもう一人顔を出す。彼のおかげで、決めかねていたぼくの表情はひとまず笑顔に落ち着いた。

「露伴先生、こんにちは。遊びにきちゃいました」
「やぁ、康一くん。ちょうど仕事も落ち着いたところでね。君なら歓迎するよ」

 こうしてぼくは二人を家に招く為、扉を大きく開き、玄関にスペースを作る。しかし彼女らを迎えてすぐ、ぼくの普段は平らな眉間に深い皺が刻まれた。二人の後に当然のように続いた奴等のお陰で、だ。言葉にも棘が生えようというものだ。

「しっかし、本当に暇なんだなお前たちは。確かにぼくは、康一くんと冬美は迎えたけど、お前たちまでもてなす気はないぞ」

 そう、ぼくが家に入れても良いと肯定的に思えるのは友人である康一くんと、気に食わないがぼくの興味を引く冬美だけだ。つまり、この阿呆どもはお呼びじゃない。
 しかし、毎回ぼくがあからさまに拒否の姿勢を示しているにも関わらず、こいつらは図々しくあがりこんで来るのだ。今だって、迎えた二人の後に勝手に続いてリビングで寛いでいやがる。

「出たぜ露伴先生のエコヒイキ。良いじゃないっスか〜、おれら皆で遊びに来たんスから〜」
「そうだぜ〜。ちゃんと土産も持って来てんだしよぉ」
「アンタと康一くんを一緒にしておけるもんですか」

 それでいてこの態度だ。さすがのぼくだって苛つきもする。しかし、いくらヘブンズ・ドアの能力が強力とは言え、多勢に無勢という言葉を知らないぼくじゃあない。スタンドの発動はぐっとこらえ、せめて嫌味ぐらいは言ってやろうと構えていると、横からぼくにとっては厄介なやつらへの援軍がくるのだ。

「露伴先生、すみません。先生の様子を見に行こうって言い出したのはぼくなんです。ほら、ここ暫く先生も忙しそうだったし」
「そうですよぉ。ここ暫く会えなかったから。先生ってなんだか生活感がないし、大丈夫かなって心配だったんです」

 康一くんからの友人としての言葉はもちろん嬉しかった。しかし、続いた彼女の言葉に心臓が跳ねたのが忌々しい。ぼくに生活感がないだって? 失礼なことを言う奴だ。普段ならそう噛み付くところだろう。

「君らに心配されるほど、ぼかぁ自堕落な大人じゃあないぜ」
「そうですけど、それと心配しちゃうのは違いますよぉ」

 こっちが素気無く返したのに、どうしてこいつは安心したなんてへらへら笑っていられるんだろうか。

「ふん! そうかよ。そりゃあ、よかったな。何でも良いから、こいつらに出さなきゃならない茶の準備を手伝えよ」
「は〜い」
「あ、ぼくも手伝います」
「いや、こいつ一人で十分だよ。康一くんはゆっくりするついでに、あのバカどもが部屋を荒らさないように見張っていてくれないか」

 進んで手伝いを申し出てくれる康一くんは、なんていい奴なんだ。他の連中は、さっそく持ってきた土産(何てことはない、ただのスナック菓子だ)を広げるのに夢中で此方を見ていやしない。それに比べて康一くんは、流石ぼくが認めた友人だ。そんな彼に後を任せて、ぼくは冬美をつれてキッチンへと向かった。


 紅茶を淹れる用意をしながら、頭を占めるのは悔しい事に横で薬缶を見張っている冬美のこと。さっきの会話だって、ぼくはどうしてこう、素直な言葉ってのが出てこないんだろうか。こいつが何を言ったってバカな犬みたいに懐いてくるからって、これじゃあ何時離れちまうかわからないじゃあないか。例えば、いつもつるんでいるあのハンバーグ頭にでもなびいたら……。
 そう不安に思うことすら不愉快で、取り出したティーカップの扱いがつい乱暴になる。まぁ、割れたところで半ば押し付けられたような贈り物だ。構いはしない。

「もうすぐクリスマスですねえ。来る途中、町のディスプレイがすっかりクリスマスだったんです」
「ふうん、そういえばもう12月か……」

 湯が沸くのを待ちながら冬美がぽつりともらした言葉に、なんてことない風で返しながらもぼくの心臓は情けないほど跳ねていた。
 クリスマス! この都合の良いイベントを忘れていたわけじゃあない。しかし、12月分の、所謂クリスマスを意識したカラー原稿はとっくに終わらせていた所為で、時間感覚が曖昧だっただけだ。
 いったい誰にたいしてしているのかわからない、言い訳じみたことを考えながら、ぼくはことさら素っ気無く冬美へと質問を投げてみる。

「どうせ君らの事だ。康一くんと、まぁ、腹立たしい事に由花子は別として、予定なんて入っちゃあいないんだろう?」

 そう、素っ気無く、なんてことない感じで自然に質問できたはずだ。その後の彼女の反応だって、ぼくの予想通りだ。

「酷いなぁ、先生。そりゃぁ、その通りですけどぉ。女の子にその言い方はないですよぉ」

 わかりやすく軽く眉を寄せ、口を尖らせるその表情は、実はぼくのお気に入りだったりもする。
 その表情と、何より希望通りの返答とに気分が良くなり、ぼくは思い切ってみることにした。

「だったら、25日はぼくの家に来いよ」

 そう、暇ならぼくと過ごせば良いじゃあないか。

「わぁ! 良いんですか? クリスマスパーティーですね!」
「おい、あんまり期待はするなよ?」

 ぱっと明るく笑った顔に、ぼくの気持ちはわかりやすく持ち上がってしまう。断られたからって、ぼくはどうということはないんだ。けれど、否定されるよりは肯定された方が気分が良いのは当然だろう。だから、別にビビっていたとかそういうことじゃあない。とにかく、この反応からして、ぼくとクリスマスという日を過ごす事を好ましく思っていることは明白だ。つまり、俗っぽく言ってしまえば脈アリというやつなんじゃあないか。
 そう思っていたからこそ、続いた冬美の台詞にぼくの機嫌は急転直下、落ち込んだ訳だ。

「良いんですよぅ。皆で過ごせるだけで楽しいですもん」
「はぁぁ?!」

 ぼくは一言だって「あいつらも」とは言っていないぞ!


 思いがけない誤算から、ぼくの機嫌が悪くなってしばらく。あの後、ぼくは口を開く気にもなれず、不機嫌も隠さずあいつらに茶を出し、定位置の椅子に沈み込んでいた。
 それでも仕事部屋へと篭らずにいるのは、別に八つ当たりのようだったと後悔しているわけじゃあない。断じて違う。ただ、家主であるぼくを差し置いて、騒がれるのが我慢ならなかっただけだ。それから……。

「あぁ〜、なるほどねぇ。そういうことっスかー」
「笑ってないでよ、仗助くん」

 あの能天気が、ハンバーグ頭に懐いているのが面白くないからだ。一体何を吹き込んだのか、仗助が時折こっちを見てはにやにやと嫌な笑い方をしているのが腹立たしい。
 突然不機嫌になったぼくに対し、何が失言だったのかもわからないらしい冬美は、ただおろおろとぼくの顔色を伺うばかり。それも当てが外れたぼくにとっては癇に障り、鼻を鳴らすだけで取り合ってやらなかったのだ。
 そうしたらどうだ。あいつ、よりにもよってクソッタレ仗助になにやら泣きついたらしい。もの凄く面白くない。
 どうしてあいつはわからないんだろうか。男が、それもこのぼくが、二人きりの状況でクリスマスを共に過ごそうと誘っているというのに。そこまで言ったら、ぼくが彼女と二人きりで過ごしたいとわかってくれても良いじゃあないか。
 そしておそらく同じ男として、仗助にはぼくの考えてる事がわかっているんだろう。だから、さっきからこっちを見てはにやついているのだ。ぼくはそれを睨みつけるしか出来ないわけだが。

(なっ?! 何してんだあのクソッタレ!)

 そんなぼくの視線なんて意にも介さず、仗助は冬美の耳元へ口を寄せると何か囁いたようだった。それだって面白くないというのに、冬美の顔がみるみるうちに赤く染まっていくのだから、ぼくは苛立ちでどうにかなってしまいそうだった。
 一体何を言ったんだ? なに仗助なんかに顔を赤くしてるんだ!
 もう我慢できなかった。勢い良く立ち上がった所為で、脚が当ったのか椅子が大きな音を立てる。その所為で視線が集まろうが、辺りが静まり返ろうが、ぼくの知ったことじゃあない。

「お前ら、それ飲んだらとっとと帰れよな。ぼくは仕事に戻るんだ」

 大人気ないなんて言葉はぼくの辞書にはない。腹が立ったらそれ相応の態度をとるもんだ。ぼくは腹が立っているし、これ以上、冬美と仗助が引っ付いているのを見て居たくはない。
 あぁ、そうだ。ぼくは腹を立てついでに嫉妬しているのだ。
 足音も荒く仕事場へ向かおうとリビングを出て、後ろ手にドアを閉めた。勢いが付いていたのは、まぁ、機嫌が悪いときってのはそういうもんだろう。しかし、響いたのは扉が閉まる音ではなかった。何かにぶち当たった音と、情けない泣き言だった。

「痛ぁっ! 露伴先生、あんまり乱暴にすると、ドア壊れちゃいますよぅ」
「何してるんだ君は?!」
「先生を、追いかけてきました」

 半開きのドアを押し開いて出てきたのは、顔を抑えた冬美だった。ぼくの後についてきた所為で、勢い良く閉まったドアにぶつかったらしい。
 まさかついてくるとは思ってなかった。この性分を後悔も反省もしてはいないが、扱いづらいぼくを気にかけるより、わかりやすく優しい仗助と一緒に居た方が単純に楽しいだろう。それでもぼくを気にして、追いかけてくる理由はなんなんだ?

「馬鹿やってないで、さっさと帰れよ。ぼくは仕事をすると言っただろ」
「わたし、まだ帰れないですよぅ。先生、怒ってるじゃないですか」

 頭の中を何一つ言葉に出来ず、冬美に背を向けて仕事部屋へと歩き出した。そんなぼくのあとを、めげることなく追いかけてくるこいつに、ぼくはどうしたら良いかわからない。

「怒っているのがわかってるんなら、ぼくの言うとおりにさっさと出て行くべきだろう」
「でも、わたしが怒らせたなら、ちゃんと理由を教えてもらって謝りたいんですよぅ」
「自分でわからないなら、なんでも聞けば良いってもんじゃあないだろう。あのハンバーグ頭にでも聞けよ」
「だって……」
「だってじゃあ……」

 とうとう仕事部屋の前まで付いてきた冬美に、ずっと背を向けていたぼくもとうとう振り返って言葉に詰まった。途中、言いよどんだことをさらに責めてやろうと思ったのに、こいつの顔を見た途端に頭に浮かんでいた嫌味が真っ白になってしまった。
 何でこいつは、顔を赤くしてるんだよ?

「おい……」
「だって、そりゃ、仗助くんに言われたからですけど、もしわたしが思ってるのと違ったら、わたし、すごく自意識過剰なんですもん」

 ぼくの言葉を遮った声は少し上ずっていて、その赤い顔と、弱りきった表情とに、つられるようにぼくの顔が熱くなる。

「じゃぁ、君の考えがあるのなら、何て言ったら良いのかわかってるんだろ?」

 意地の悪いぼくの台詞に、冬美は噤んだ口をもごもごさせていたが、意を決したのだろう。大きく息を吸い込むと、珍しくキッと此方を見据えて口を開いた。

「く、クリスマス、25日のお誘い、嬉しいです」
「あいつらと過ごしたいんだろ?」
「うぁ、だから、その……。露伴先生と、一緒が良いです」
「ぼくも仲間に入れてくれるってかい? そりゃ、ご親切な事で」
「そうじゃなくって!」

 よっぽど余裕がないんだろう。ほんの少し上がった声量と、握り締めた手とに、その焦り具合を見て取れた。でも、からかうような事ばかり言っているぼくだって、余裕なんかない。期待してしまうけれど、さっきの事だってある。それでも此処まで言わせたら……。

「先生と、二人で過ごせたら、嬉しいです……って」

 気が付いた時、ぼくは冬美を抱きしめていた。

「最初から、そう言えば良いんだ。このスカタン」
「すみませぇん」

 返ってきた言葉はふにゃふにゃとふやけてだらしがない。謝っているくせに、全然反省なんかしてないじゃあないか。
 なんて、口でどれだけ意地悪く言ったところで、抱きしめてちゃあ意味がない。抱きしめて見えないようにしているけれど、ぼくの顔だって大概緩んでるんだろう。それでも構わなかった。それくらい、今、ぼくは満足しているのだ。

「いいか、ぼくは面倒な事は嫌いだ。だから、一回しか言わないぞ」

 だから、ほんの少しだけサービスする気になっただけだ。

「ぼくは、君が好きなんだ」




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あとがき

空様、リクエストありがとうございました。
リクエストいただいた露伴先生ですが、いかがだったでしょうか?
露伴先生と言えばツンデレ、ツンデレと言えば露伴先生ですが、上手く表現できているかどうか……。
楽しんでいただければ幸いです。
連載への応援コメントも、ありがとうございました。
現在遅れておりますが、少しずつ頑張ってまいります。
これからもどうぞ、オノマトペをよろしくお願いいたします。



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