04.肌の白さも七難以上は隠しきれない


「うわぁお」

 思わず声を上げた祥子を責められる人は誰もいなかった。目の前の彼、いや彼女以外は。

「なんだよその目は」

 その彼女、いや声からしてやはり彼は、腰が退けている祥子を随分と高い位置から睨んでいた。


 祥子は今日、部屋の模様替えと称して、朝からジャージ姿で動き回っていた。片付けも済み、綺麗になった気持ちの良い部屋。午後の穏やかな時間とくれば、朝からの疲れも相まって、座椅子に座り込むとついうとうととしてしまう。
 それでも、片付けをしているうちにでてきた化粧品類は仕訳しておこうと頑張っていたのだが。
 結局、捨てようと決めた試供品やらいつ買ったのかわからないと言うちょっと使うには怖いチークやらを袋に詰めたところで睡魔に負けてしまったのだった。

「わぁ、また今日もリアルな夢だ」

 そして今、祥子は日差しがさんさんと降り注ぐ、どこかの砂漠に立っていた。

「暑い……っていうか、太陽やばい。これ、夢じゃなかったら、私、紫外線で死んでるよ」

 最近頻繁に見るようになった現実感を伴う夢を、昼寝でも見るとは思っていなかった。しばらく呆然としていたものの、無防備な黒髪の頭を焼く太陽に、慌てて側の日陰へと飛び込んだ。

「あつつつつ……っ?!」
「あ〜ん?」
「うわぁお」
「なんだよその目は」

 そうして敵地潜入の為に変装していたジョセフ・ジョースターに遭遇したのである。


「なるほど〜。その知り合いのおじいさんを助けるために、ジョセフさんは女装して敵の施設へ潜入する気だったんですか。なんか、映画のヒーローみたいですね」
「だっろぉ〜? おれってばカッチョイーかんねぇ〜。そーいうのが似合うっつーの?」

 岩陰で日光を避けながら、祥子はジョセフの事情を聞き、感心していた。夢とはいえ、祖父母の友人のために命がけで駆け回る彼は素直に格好良いと思ったのだ。
 だがしかし、流石に見逃せないところがある。

「本気で女装する気、あります?」
「なぬ?! どういう意味だよっ?」
「だって……」

 現在、ジョセフとしては完成と思っている女装姿を上から下まで観察し、祥子は首を横に振った。

「手抜きすぎです」
「なにぃっ?!」
「スカートを履けば良いってもんじゃありませんよ。ムダ毛の処理が出来ない今、そのミニは無理があります。マキシ丈にしましょうよ。あと、胸の詰め物を入れすぎですって。爆乳にも程があります。不自然ですからせめて半分にしてください。あと、頭、ボーイッシュを言い訳にするしたって、そのまんますぎますよ。髪飾り着けましょう! ほら、コレなんかエキゾチックで良い感じですよ! あと、何よりスッピンはナイです。化粧! まずは化粧ですよ!」

「お、おぉぉ? 祥子ちゃん、目がマジすぎてついてけないよ〜ん」

 だんだん楽しくなってきてしまい、ジョセフの声を半ば無視して祥子はあれやこれやと、ジョセフが集めてきた物を漁っている。彼の腰にスカートを当ててみたり、髪飾りを引っ張り出したり。
 最後に手を付けたのが、丁度、眠りに落ちる前に持っていたからだろう、祥子の処分予定の化粧品の数々だった。

「丁度、私が使わない化粧品持ってるんです! ぱーっと使っちゃいましょう!」
「おいおい、遊びじゃねーんだぞ? 随分楽しそうにしてくれちまってよぉ」
「じゃぁ、綺麗にしなくて良いんですか? 折角、ジョセフさんは美形なんだけどなぁ」
「……そこまで言うんだったら、しょーがねーかなぁ〜」
「任せてください!」

 誉められて嬉しくない人間はいない訳で、唯でさえお調子者のジョセフが乗り気にならない訳が無かった。そして意図してジョセフを煽てたわけではないが、祥子は張り切って手にしたビニール袋を逆さにするのだった。



「うん、上出来です! 可愛いですよ、ジョセフさん!」
「いや〜ね〜、ジョセフじゃなくって、テキーラ・ガールとでも呼んでじょうだぁ〜い」

 目の前の「作品」の出来に、額の汗を拭う祥子。その前では、必要以上にシナを作り、しかし機嫌の良いジョセフが居る。各々、その出来栄えに満足をしているらしい。

「さってと! じゃぁ、おれはスピードワゴンの爺さんを助けに行ってくるぜ!」
「はい! 気を付けてくださいね。怪我するなって方が無理でしょうけど、死なないでくださいね! ヒーローなんですから!」

 事情も良く知らない、関わりもないながらも、自然と心配の言葉を口にする祥子に、ジョセフは嬉しそうに笑う。その大きな手で、彼からすれば随分と小さい祥子の頭をガシガシと掻き雑ぜる様に撫でると、化粧の為に座り込んでいた体勢から立ち上がり、祥子に背を向けた。

「すぐ戻ってくるからよ! そしたら礼もしたいし、おれのこと待っててくれよな!」

 彼の自信たっぷりな声に、しかし祥子は困ったように首を傾げた。背を向けているジョセフはその顔に気づいておらず、祥子も追いかけるでもなく彼の背中へと少し大きく声を投げるだけ。

「待ってるって保証はできないから。居なかったら、その時は探さないで良いからねーー!」

 相変わらず大げさなシナを作って歩いていく彼、いや、テキーラ・ガールを見送り、祥子は強すぎる太陽を遮るように目を閉じる。
 一つ風が吹いた後、そこには誰もたっていなかった。



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