01.インスタント・マーダー



 今日の夢は当りだな。
 そんな事を考えながら、祥子は目の前の美形を見つめていた。

「貴様、何者だ?」
「あ、はじめまして。鐘田祥子といいます」

 険しい顔をした美形に訊かれ、祥子は特に何を考えることも無く挨拶を返した。
 しかし、詰問した本人はまさか真っ当な挨拶をされるとは思っていなかったのだろう。一瞬、キョトンとした顔をする。すぐに険しい顔に戻ってしまったけれど。

(美人が睨むと迫力があるって、本当だ)

 一方の祥子はといえば、此処が夢の中だと暢気な事を考えるだけ。
 そう、彼女の中では今現在は夢の中なのだ。
 何せ、彼女はいつもどおり部屋で寝ていたはずなのに、気がついたら見知らぬ豪華な部屋の、これまた豪華で肌触りの良いベッドの上で、目の前にはそれに見合った豪華な美形。これはもう、夢だと思うしかないだろう、と。
 それにしても目の前の男は本当に綺麗だと、彼の不機嫌などものともせずに、祥子は熱っぽい溜息を漏らす。いや、実際は怖かったのだが、どうせ夢だと思っているからこその行動だ。
 極上の大理石から削りだしたかのように白く滑らかな肌。太陽の光をそのまま紡いで糸にしたかのような金の髪。彫りが深く、それでいて全く粗野に見えない整った造詣。その美しい顔が乗る身体もまた、鍛え上げられているのに優美な、ギリシャ彫刻もかくやの肉体美。何処かしら漂う、顔と身体のアンバランスさえも、彼の魅力としか思えなかった。

「超カッコいい……」

 うっとりとする祥子に対し、男は怪訝な顔を崩さない。そんなしかめっ面すら美しいのだから世の中は不公平だと、祥子は頭の中だけで文句を言ってみる。

「……どうやら貴様、スタンド使いではないようだな」
「は……、スタンド……?」

 唐突に男が漏らした言葉に、今度は祥子がキョトンとする。
 スタンド。彼が何を言い出したのかわからず、思わずベッドサイドに置かれた照明を見る。
 彼女の視線を追った男は、呆れたように鼻を鳴らして笑う。その笑みの美しさに、祥子は馬鹿にされているとわかっていても、惹かれずにいられなかった。

「ふん、本当にただの女か。このDIOの寝室にもぐりこむのだから、どんな強力なスタンドを持っているのかと思えば……」
「はぁ……、なんか、すみません」

 何に合点がいったのか、自身をDIOと名乗った男になにやら馬鹿にされながらも、わけがわからない祥子は戸惑いつつ謝るしかない。
 その軟弱な態度は彼、DIOの周りでは実に珍しかった。
 DIO。祥子は知る好も無いが、祥子が夢と認識するこの世界において、今現在、悪の権化とも称される男。誰より強力なスタンドと呼ばれる能力を持つ、冷徹な吸血鬼。
 DIOの館に来るものは皆、彼の何たるかを、即ち「悪の帝王」としてのDIOをわかった上で訪れる者が大半だ。そうではない者も、DIOのその魅力に惹かれてくるのが常だった。
 ところが祥子はどうか。
 唐突に現れたかと思えば間抜け面を晒し、特に目的がある様子も無い。とんでもない事をしたというのに、何か力があるわけでもない。それどころか、自分が何処に居て、目の前の男が何者であるかもわかっていない。その癖、DIOに見惚れている暢気さなのだ。
 もちろん、彼の誇る最強のスタンド、世界の名を持つ「ザ・ワールド」を見ることすら適わないらしい。先程、間抜け面を晒す彼女の眼前に、ザ・ワールドがその拳を寸止めしてみせたにも関わらず、何の反応も示さなかったことでわかった。流石にスタンドが見えているのなら、何かしらの反応を示しただろう。
 容姿に関しても特にどうということもない。どうやら、アジア、それもとりわけ年齢不詳といわれる日本人であるらしく、無駄に幼さが強調されている以外は取り分けて美しいと言うわけでもない。人種がわかったのは、DIOを追っている男たちに日本人が混じっていたからだ。
 ただ、それだけ。
 思考にふけるDIOが何も言葉を発さないせいか、黙りこくっている女を眺める。大人しくするだけの頭はあるらしいが、それは躾のなっている犬というよりは、借りてきた猫のようだと彼は思った。困惑したまま、愛想笑いを浮かべる祥子に知性を見出せなかったからである。それを祥子に言えば、人が気を遣っているのにと文句を言ったことだろう。

「さて、小娘。わたしは今、腹が減っている」
「え、あ、ご飯時でしたか?すみません」
「なに、丁度良かったということだ」
「はぁ……。わっ?!」

 唐突に切り出されたDIOの話しに、祥子はついていけない。曖昧にうなずきを返したところで、不意にその腕を引かれて声を上げた。

「いたた……ひぇっ?!」
「ふん、なるほど……見た目は良いとは言えんが、健康そうだな」
「どっ、どうもっ……!」

 硬い何かに特別高くもない鼻をぶつけ、文句を言おうと顔を上げた祥子は、情けない声を上げて固まってしまった。
 何故なら、鼻を打ちつけたのは目の前の美形の立派な胸板。そして何故か、祥子はその美形の腕の中に納まっていたからだった。直ぐそこにある美しい顔に、酷い評価を受けた事に文句を言う余裕も無かった。

「あ、あの、なんですか?」
「ふん、やかましいぞ。DIOの腕の中が、そんなに不満か?」
「……?!」

 笑みをつくるDIOの顔を間近で見ることになり、祥子は何を言うこともできずに首を横に振るしかない。不満どころかごちそうさまですと言いたい所だったのは、彼女自身の名誉のために口にしなかったのだけれども。

「で、でも、あの、ち、近いです……!」

 顔を赤くし、ひぃひぃと情けない声を漏らしながら仰け反る祥子に、しかしDIOの腕が緩むことはない。

「ほう、日本人が慎み深いと言うのは本当だったか。しかし逃げるにしても、もう少し色っぽくはならないのか?まるきり子供か、猫のような反応だな」

 くつくつとのどを鳴らして笑われ、もうこれ以上どうしたらいいのかもわからず、とうとう祥子はDIOの腕の中で抵抗するのを諦めてしまう。せめてもの反抗として、そっぽを向くくらいはしていたのだけれど。

「そんなに笑わなくても、いいじゃないですか」

 祥子の小さな抗議の声も、DIOには届かないらしい。もう一度、身体を引き寄せられ、いよいよ声も出せなくなる。

「まぁ、多少の幼さは愛嬌といったところか。何より素直で、わかりやすいところは、愛らしいといえんでもない」

 DIOは祥子の目を覗き込み、髪を撫でながら言う。からかうような、楽しそうなその声に、祥子の頭はくらくらしていた。

(あぁ、色気に当てられるっていうのは、こういうことなんだ)

 妙な実感をしながら、真っ赤な目から逃げられなかった。抱き寄せ、肌を、髪を撫でるひやりとした手が心地よかった。耳元で何かを囁かれているが、何を言っているかわからない。ただ、とてつもなく甘くて幸せな気がしていた。
 気付けは視界の大半はその金糸が絞め、首筋には柔らかな唇の感触。そして何か鋭利な物が肌を撫でる。それを吸血鬼の牙と祥子が理解したのと、その耳にプツリと皮膚が破れる音が響いたのは同時だった。


「うっ、わぁぁっ!」

 祥子が飛び起きたのは、夢を見る前と変わらない自分のベッドの上。やたらと煩い心臓を押さえながら辺りを見回せば、まだ夜も明けきらない午前4時だった。

「うわぁぁ、なんちゅー夢見ちゃったんだろ」

 確かに覚えている恐怖と、それを上回る余韻とに、一人ベッドの上で熱くなる顔を両手で覆う。夢だと言うのに、はっきりと記憶に残るあの綺麗な顔と、抱き寄せる腕の感触、そして……。

「恥ずかしくて死ねる……!」

 思い出す唇や突き立てられた牙の感触に、そうして与えられた甘い熱に、とうとうベッドに突っ伏すと、一人狭い範囲をごろごろと転がるのだった。 


「なんだと……?」

 祥子が飛び起きたと同時、DIOもまた声を上げた。

「消えた……。確かに今、此処に居たというのに」

 確かにあった重みも、ぬくもりもなくなった腕の中を見つめて呟く。

「やはりスタンド使いだったのか? いや、そんな素振りは何処にもなかった。スタンドを使う余裕もあるようには見えなかったぞ」

 今まさに、その血を吸い尽くしたはずだと考えたところで、DIOは違和感に気が付く。小柄とはいえ、一人分の血を啜ったはずが、いつもの充足感がない。それどころか、口内に感じていた血の香味すらも残っていなかった。

「なんだと、いうのだ……」

 まるで夢でも見ていたかのような唐突さに、しかしその奇妙さが妙に愉快に思え、彼にしては珍しく、静かに、しかし可笑しくてたまらないと言うようにのどを鳴らして笑っていた。




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