[3]代償 3


 涙の名残りにしゃくりあげている祥子を連れ、承太郎と形兆が向き合っていたソファへと皆で集まる。祥子の火傷は、既に仗助がクレイジー・ダイヤモンドで治していた。
 沈黙が続く中、最初に口を開いたのはやはり承太郎だった。

「一つ、確認したい。形兆、お前は自分が死んだと言っていたな?」

 承太郎の問いかけに一瞬顔をしかめるも、形兆は直ぐに肯定を返した。

「あぁ、死んだな。東方も、その女も見ているはずだ」

 形兆の寄こす視線に、仗助が、遅れて祥子も頷いて返す。確かに二人とも、電線の上で煙を上げる「形兆の死体」を見たはずだった。

「しかし、おれは生きている。その、なんと言えばいいかわからねーが、気が付いたら東方とやりあった部屋に居た。あれは時間が戻ったというより、それまでの時間が「夢でも見ていたかのように、無かったこと」になったようだった、と言うのが一番近いか……?」

 彼も何とか思い出そうとしているのだろう。説明のしづらい体験に、言葉を探りながらの表情は苦々しい。
 その様子を黙って見ていた承太郎が一つ頷き、一つの問いを投げた。

「なるほど、死んだ自覚はあったようだな。ところで、「死」を体験したにしては随分と落ち着いているんじゃあないか? 最初こそ戸惑ってはいたようだが、今は全くの平静に見えるが……」
「それは……。いや、そういわれれば、そうか……」
「確かに、落ち着いてるっスね。どーも、アンタと同じ目にあう夢を見たらしい祥子さんは、こんなになっちまってんのに……」

 それぞれが首を捻っていたが、やはり当事者は何か思うところがあったのだろう。形兆が「そういえば」と切り出した。

「気が付いた時に混乱はしていたが、何と言うのか……。それこそ、夢から覚めたような感じだった。有るだろう、悪夢に飛び起きたことが。あれと似たような感覚だ」
「悪夢……」

 涙で掠れた祥子の呟きに、形兆は頷いて言葉を続ける。

「あぁ、悪夢だ。心臓が痛いほど跳ねていても、それは飛び起きて直ぐの短い間だろう。しばらくは悪夢を忘れられなくたって、精々不愉快な気分になるだけだ。アレに似ている」

 形兆自身も、改めて考えてみれば奇妙だと気付いた。普通なら、トラウマなどと言っていられない程の衝撃だったはずが、今では一つの記憶でしかないのだ。
 何が起こったのか。

「おそらく、祥子くんのスタンド能力によるものだ」

 それ以外の答えを、この場の誰も考えつけなかった。
 再びの沈黙は、酷く重たかった。

「でも、そんな……。死んだ人を生き返らせるなんて、漫画みたいなこと、わたしなんかに……」
「あぁ、酷く分不相応な能力の行使だ。だからこそ、今、君は副作用に苦しんでいるんだろう」
「それが、悪夢で、あの火傷ってことっスか?」

 戸惑いがちな祥子にたいし、承太郎は己の推測を述べていく。確かに彼の言う事はもっともらしく、またそれ以外の意見を誰も持っていない。
 確認するように問いかける仗助に、承太郎は深く頷いた。 

「そうだろうな。これも一種の、スタンドの暴走といったところか」
「スタンドの暴走?」
「無い事じゃあない。仗助、おまえも覚えがあるんじゃあないか? スタンド能力が目覚めてすぐは、自分の意思とは関係なく動いたことが」
「それは……」
「場合によっちゃあ、安定した今では出来ない事をやってのける事もあった」

 承太郎のスター・プラチナも、初めは随分と好き勝手に出歩き、ビールやら漫画雑誌やら、果ては自転車に至るまで、いろんな物をあちらこちらから承太郎へと持ってきた事がある。
 しかし、今回の祥子の場合は規模が違いすぎた。

「スタンドが目覚めたばかりで制御ができていない事に加えて、受けたショックが大きすぎたんだろう。本来の能力以上のことをやっちまった。そのしっぺ返しが、おそらくさっきの現象だ」
「本来の能力以上の……」
「……現実を夢とした。「おれの死」を「悪夢」としたと?」
「そういうことだ」
「そんなワケわかんねーこと、できるんスかフツー……」
「できるか、できないかじゃあない。やっちまったんだ」

 本人が望むと望まないとに関わらず、暴走したスタンドの力は、それだけの代償を本体へと返していた。欲しいものを持ってくるなどという可愛らしいものではないのだ。
 事の重大さに、ただでさえ悪かった祥子の顔色は、今や色を失って真っ白だ。

「……こんなの、続いたら、わたし、どうなっちゃうの?」

 小さく漏らした声は、不安に酷く震えていた。本人以外、経験としてはオリジナルであるはずの形兆ですら、スタンド能力でその恐怖を除かれてしまった今、彼女の抱えるものは誰にもわからない。
 沈黙の中、不意に祥子の頭に暖かな手が乗せられた。

「大丈夫。もう暴走しないために、スタンドの扱いを練習すれば良いんスよ。最初っから、何が起こるかわからないからって頑張ってたじゃあないっスか。今回はちこっと間に合わなかったけど、もう二度とやりたくないんスよね? だったら、頑張りましょうよ。おれも、一緒に手伝います」

 ゆっくりと、言い聞かせるように言いながら、仗助の手が祥子の頭の上で柔らかく上下する。そのリズムに誘われるように、床に縫い付けられたままだった祥子の視線が持ち上がり、仗助へと焦点が合わさった。

「仗助くん……」
「大丈夫っス。おれだって、承太郎さんだって居るんで」

 安心しろと無条件にいえるのは、仗助が高校生とまだ若いからだろう。それでも、頼る術が他にない祥子にとって、仗助や承太郎の存在はどうしようもないほど大きかった。

「ありがとう、仗助くん」

 なおも吐き出しそうになる弱音をぐっと飲み込んで、祥子は笑って頷いた。



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