[3]代償 2
虹村兄弟を含め、仗助らは承太郎が滞在する杜王グランドホテルへと向かうことにした。あの「矢」について彼ら、特に兄の虹村形兆に話しをさせるためだ。
虹村家へ弟の億泰と彼らの父親を残し、承太郎の車は仗助と虹村形兆、気を失ったままの祥子を乗せてホテルへと出発した。
今回、巻き込まれる形でスタンド能力に目覚めた康一は、様子を見る為に先に帰宅させている。
億泰は兄が心配なようだったが、乗車人数の都合もあり、また彼らの父親を連れ出すのも難しいという事で、大人しく留守番ということになった。
「祥子さん、まだ起きないんで、とりあえず承太郎さんのベッド借りたっス」
「ああ、構わん」
杜王グランドホテルに着いても、祥子は目を覚まさなかった。祥子にも問いただしたい事は山ほどあったが、起きてこなければ仕方が無い。虹村家からずっと抱えてきた仗助もこのままというわけにもいかないが一人にするわけにもいかず、一旦、承太郎の部屋のベッドへ寝かせる事にしたのだ。
側へ戻ってきた仗助に頷くと、承太郎は目の前に座る虹村形兆へと向き直る。今回は祥子のときとは違い、もてなすようなことはない。
「さあ、聞かせてもらおうか。おまえがその矢を手に入れたことも含め、洗いざらいだ」
鋭い承太郎の視線に、形兆はようやく己の負けを実感する。それと同時に、どこか肩の荷が下りたような空虚感に襲われているのだった。
虹村兄弟の父とDIOの関係。矢を手に入れた経緯。彼らの目的と、この町に居るだろうスタンド使いについて。しばらくは淡々と聴取は続いていた。あまりに事務的に続く二人のやりとりに、仗助が居心地の悪さを感じ始めた頃だった。二人の話し声意外は静だった部屋に、唐突に金切声が響きわたった。
「一体なんだ?!」
「どこから……」
「……承太郎さん! ベッドルームっス!」
いち早く音源に気が付いた仗助が、ベッドルームへと走り出す。そこには祥子が寝ているはずだ。つまり、先ほどの悲鳴は祥子のものだろうことは皆、予想がついていたのだが。
「なんだ、これは……」
唖然とした承太郎の言葉に応える者は居なかった。
彼には見慣れたベッドの上で、祥子が悲鳴を上げ続けていた。その身体から、奇妙な煙を上げて。辺りには焦げ臭い、嫌な臭いが漂っていた。
覚えのあるその臭いに、仗助は顔をしかめていたが、すぐ我に返ると慌ててベッドへと走り寄り、悲鳴を上げ続ける祥子を抱き起こす。
「祥子さん! うっ……、こいつは、一体?!」
固く目を閉じたままの祥子をその腕に抱え、仗助は絶句した。
彼女の身体には、無数の火傷が煙を上げ、抱き起こされた今も次々と新しいものが現れていたのだ。引き攣れた皮膚の焼け爛れる臭い。記憶に新しいその臭いに、仗助は絶句した。
しかし、悲鳴をあげ、傷を作りながらも祥子が目を覚ます様子はない。その異様さは、仗助を更に焦らせた。
「おれと、同じ……?」
後ろから聞こえてきたのは、呆然とした虹村形兆の声だった。
そう、覚えがあるのも当然だった。今日、電気を利用するスタンド使いに虹村形兆が襲われた。身体を電気へと変えられ、プラグへと吸い込まれる直前、強すぎる電気に彼の身体は焼け焦げていた。spそて今、祥子の身体に現れている火傷は、それと同じに見えた。
ただ奇妙なことに、今はあのスタンドの姿も無ければ、抱き起こした仗助には何のダメージもないのだ。
「仗助! 呆けるのは後だ。早く彼女を起こせ!」
「はっ、ハイっス!」
周囲を確認しながらの鋭い承太郎の声に、仗助は慌てて祥子の肩を強く揺さぶる。
「祥子さん!」
「あっ……」
幾度か強く肩を揺すると、固く閉じられていた祥子の目が勢い良く開く。しばらく焦点の合わなかった視線が仗助を捉え、表情を失っていた顔が途端にくしゃりと歪んだ。
「じょっ、仗助くんっ……、痛いよ、怖かったよぉ……」
「祥子さん? いったいどうしたんスか?」
「私、死んじゃったと思った……死んじゃったの……」
祥子は仗助に縋り付くと、わんわんと声を上げて泣き出した。仗助はそんな彼女の背に戸惑いつつも腕を回し、うわ言のように漏らす剣呑な言葉に、承太郎らを振り返る。
「もしかしなくても、これって夢の話しっスよね? これが、祥子さんのスタンド能力っスか? 夢が、現実になるって……」
痛むだろう無数の傷口に、誰も口にはしないが肯定せざるを得なかった。
その時、また唐突に電子音が静寂を破った。
「どわぁっ! な、なんスかもぉ〜〜っ?!」
「電話だな。出てくるから、仗助は祥子くんの傷を治してやれ。形兆、おまえは先にソファに戻っていろ。話しの続きを……、祥子くんにも、聞きたい事がある」
「……わかった」
大げさにびくついた仗助にやや呆れつつも、承太郎は一つ二つと二人に指示を出すと、形兆をつれてベッドルームを出て行く。
残された仗助は泣きつく祥子を宥めるのを諦め、そのまま静かにクレイジー・ダイヤモンドに彼女へと触れさせた。
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