[2]虹村兄弟 10


 彼らの父親の嗚咽と言うには激しい泣き声が響く部屋で、仗助が一つの提案を口にした。

「「殺す」スタンド使いよりよーー、「治す」スタンド使いを探すっつーんなら、手伝ってもいいぜ」
「…………」

 その提案に、形兆はさらに声を失っている。
 それは隣で静かに泣いていた億泰も同じだった。弓矢を握りしめる兄を見つめる。そこには縋るような、わずかな可能性への、彼らの何かを良い方向へと導いてくれるかもしれない何かへの期待があった。

「その「弓と矢」を……、渡しなよ……ブチ折っからよ〜〜」
「……!」

 手を伸ばし、ずいっと足を踏み出した仗助。しかし形兆は仗助が踏み出した以上に後退り、距離を保つ。そう簡単にはその提案を受け入れられないのだろう。

「逃げる気かよ?」

 さらに追いかけるように仗助が身を乗り出した時だった。

「兄貴……、もうやめようぜ……。なあ〜、こんなことはよ〜、もう、やめよおぜ、なあ〜〜」
「億泰……」

 ちょうど形兆が背を向けていた扉から、億泰がふらりと部屋へと足を進める。祥子は止める事も出来ず、黙って見送る。しかし億泰が姿を現したことで、仗助たちも祥子に気が付いた。

「あ! 祥子さん、外で大人しくしてろって言ったのによー」
「……大人しくしてたもの」
「大人げないなあ」

 見つかってしまっては仕方がないと、兄弟の様子を伺いながら祥子も仗助と康一の傍へと駆け寄る。その間も、億泰による兄の説得は続いていた。二人のやり取りを見つめる三人の前で、億泰の手が押し留めようとするように弓を掴む。

「おやじは治るかもしれねーなあ〜。肉体は治んなくてもよお〜〜、心と記憶は昔の戸尾さんに戻るかもなあ〜〜」
「……」

 しかし、そんな億泰への形兆の返答は突き放すものだった。

「……億泰、なに、つかんでんだよ……?」
「……兄貴……」

 弓に手をかけたままの億泰に苛立ちを隠さない形兆は、その手を離させようと億泰をきつく睨み付けていた。仗助らは兄弟のやり取りに、口を挟むことができず、黙って様子を見るしかない。

「どけェ〜〜っ、億泰〜〜っ。おれは、なにがあろうとあと戻りすることはできねえんだよ……。スタンド能力のあるやつをみつけるため、この「弓と矢」でこの町の人間を何人も殺しちまってんだからなあ〜〜」

 事実か否か、新参者の祥子にはわからなかったが、康一への突然の攻撃を考えれば事実であるのかもしれない。ただ、それを告白する形兆の姿が、祥子には酷く苦しげに見えた。

「それに、おれはすでに、てめーを弟とは思っちゃあいない! 弟じゃあねーから、ちゅうちょせずてめーを殺せるんだぜーーっ!」

 兄からの非情な言葉に、億泰が傷ついているだろうことは想像に難くない。祥子も、勝手だと解っていながらも、胸が痛まずにはいられなかった。
 思いが噛み合わない二人をもどかしく見ていたその時、仗助が不意に何かに気が付いた。彼の視線がその気配に上へと向かうと、そこには天井の窓に張り付いた人影があった。

「おめーらよーー、このおやじの他に……まだ身内が誰かいるのかよッ!?」
「!?」
「身内? おれたちは3人家族……」

 確認を取る仗助の声は堅い。その奇妙な問いに、形兆は仗助の視線を追って天窓を見上げる。しかしそこに人影はすでになく、他の皆も戸惑い、視線を彷徨わせていた時だった。

「!」
「ひっ!」

 何かが弾ける音に、仗助と祥子の視線が億泰の足元、壁に取り付けられたコンセントへ移る。そこに現れたものに、祥子が小さく悲鳴を上げた。

「?」
「コ……コンセントの中から……」

 コンセントから飛び出した光の塊。億泰のすぐ背後で火花を散らすその光の中には、爬虫類や虫を連想さえるような奇妙な姿があった。しかしそれが生き物であるはずがなく、まるで身体が電気でできているようなそれはおそらくスタンドだろう。天窓を観察していた形兆も、その異常な気配に視線を戻してその危険に気がついた。

(お……億泰のやつが・・…)

 この場に居る人間の内、そのスタンドに見覚えがあり、危険を理解しているのは形兆だけだった。振り上げられたその腕に、その腕が向かう先が弟である事実に、冷や汗が噴出した。視界が狭まり、先程まで見ていた腹立たしいリーゼントも、チビも、間抜けな女も見えず、ただ億泰の姿しか認識できなかった。

「億泰ゥーーッ! ボケッとしてんじゃあねーぞッ!」

 怒鳴りつけた所で、現状を理解していない弟が動けるはずもない。床を蹴り、飛びつくように殴り飛ばした。

「どけェッ!!」 

 殴り飛ばされた億泰は奇妙なスタンドの攻撃の軌道から外れた。しかし、代わりにその軌道に入ってしまったのは形兆だった。

「ガフッ」

 瞬きの間に、スタンドの腕が形兆の腹を突き破っていた。

「あっ! 兄貴ィッ!」

 億泰の叫びが上がる。しかし、その後ろで他の三人は上げる声も無く絶句していた。
 火花を散らすスタンドは、形兆以外に興味はないと言うように、他の四人をちらりとも見はしなかった。ただ、形兆へと勝利宣言をするのだ。

『この「弓と矢」はおれがいただくぜ……。利用させてもらうよ〜〜っ。虹村形兆ッ! あんたに、この「矢」でつらぬかれてすたんどの才能を引き出されたこのおれがなーーっ」
「き……、きさまごときが、この「弓と矢」を……うぐぐぐぐぐぐ」
『虹村形兆……スタンドは精神力といったな……。おれは成長したんだよ! それとも我がスタンド「レッド・ホット・チリ・ペッパー」が、こんなに成長すると思わなかったかい?』

 さも得意気なスタンドを通して話しているのだろう本体を、形兆は知っているようだった。格下の相手に後れを取っていることに、形兆は驚きを隠せなかった。

「『バッド・カンパ……』」
『うるせえぜ!』
「うおぉぉぉあぉぉぉぉ」

 形兆はスタンドを発動しようとするが、しかし現状は圧倒的不利。一際強い電気を発するスタンドに、とうとう形兆も苦痛の叫びをあげた。
 仗助らはその凄まじい一方的な暴力に動けずにいたが、形兆の身体に起こった変化に、さらに驚き、うろたえた。

「おぉぉおぁぁぁアアァッ!」
「こっ……これは!?」
「で……電気だッ! お…億泰の兄さんが……電気になっていくッ! 「弓と矢」までッ!」
「こ、こんなことってっ……」

 康一の言うとおり、見る間に形兆の身体が光に変わっていった。スタンドという不思議な能力を目の当たりにしてきたが、その能力の多彩さ、底知れなさに慄いていた。

「兄貴ィーーッ」
「おれにさわるんじゃあねえッ!」

 徐々にコンセントへと吸い込まれていく兄の姿に、億泰がたまらずに手を伸ばす。それを遮ったのは形兆の怒鳴り声だった。

「億泰おめーも! ひ……ひきずり込まれる……ぜッ!」
「あ……兄貴ィ〜〜っ」

 不安に狼狽える億泰が近寄らないよう、敵のスタンド攻撃に巻き込まれないよう。形兆は弟を拒絶する。その顔に浮かぶ表情はいったいなんだろうか。

「くっ……くっそお〜〜〜〜、ゆ……「弓と矢」がとられちまう……ぜ……。億泰……おめ……はよおーー、いつだっておれの足手まといだったぜ……」
「あっ、あっ!」

 最期まで弟を馬鹿にする顔は、笑って見えた。その顔も、手を出せない億泰の目の前で光へと溶け、コンセントの中へと吸い込まれてしまった。

「兄貴ィーーーーッ!!」

 強烈な光に慣れてしまった目では、薄暗くすら見える室内に億泰の兄を呼ぶ声が響いた。

「い…、いまのスタンドは……いったい!?」
「で……電気になってコンセントの中にひっぱり込まれていったよッ!」
「兄貴は……おれの知らねえ所で、何人かスタンド使いをみつけてたからよお〜〜〜〜」
「ど、どこから攻撃してきたの? あの人、どこへつれてかれちゃったの?」

 静けさが戻ると、全員が堰を切ったように喋りだす。屋内に何も残っていない事を確認した仗助は、天窓へと目を向けた。そのまま、彼らの父親が漁っていた箱を足場に、天窓を突き破って屋上へと這い上がっていく。
 それに倣うように、億泰も屋上へと上がり、続いて康一も箱へと足を掛けた。

「……大丈夫?」
「あ、あんまり大丈夫じゃないです……」
「ちょっと、待ってて」

 颯爽と屋上へと飛び上がっていった二人を追った康一だったが、自他ともに認める小柄な体格が仇になった。身長が足りず、登れないのだ。それは女性である祥子も同じく、筋力の問題からここから上がることは無理だろう。逸る気持ちを抑え、祥子は隣の部屋へと飛び込む。屋上がある家だ。それが無いはずがない。

「あった! 康一くん、こっち!」
「え?」

 隣室から呼ばれた康一が慌てて部屋に入ると、そこには梯子に手を掛けた祥子が居た。これが屋上へと上がる正規の方法なのだろう、梯子は天井に見える扉へと続いていた。

「よく気付きましたね」
「普通、ああは登らないはずだからね。ほら、急ごう!」
「あ、ぼくが先に行きます! 祥子さんも、気を付けてついてきてください」

 慎重にと言うにはやや騒々しく梯子を上っていくと、天井の扉から仗助と億泰の声が漏れ聞こえてくる。先に着いた康一が扉を開くと、外からの風が二人の間をすり抜けた。

「おれの兄貴は最後の最後におれをかばってくれたよなあ〜〜っ。仗助〜〜、見てただろォ〜〜〜〜?」
「…………ああ。たしかに見たよ……。おめーの兄貴はおめーをかばったよ」

 二人の様子に声をかけられないままその後ろへと追いついた二人は、その視線の先にあるものに気が付き凍りついた。

「あ……」

 そこにあったのは、電線の上で煙を上げる虹村形兆の遺体だった。

「あ、あぁ……」

 それはあまりに生々しかった。
 まともに喧嘩を見た。知人が死にかけた。吹き出す血を見た。そして、人が殺された。
 積み重なった衝撃が、ここへきて祥子の許容を超えた。





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