[2]虹村兄弟 9


「おやじを殺してくれるスタンド使いを、おれは探しているんだよ〜〜〜っ」

 父親を殺してもらう。
 高校生が口にするにはひどく剣呑な言葉に、祥子は扉の陰で耳を疑った。共に隠れていた億泰は元より承知しているのだろう、目立った反応はない。
 先ほどの轟音に、二人連れだって再度屋内へと踏み込んだものの、億泰の兄、形兆からの攻撃はなかった。物音や声を頼りに屋根裏へとたどり着き、二人は仲の様子をうかがっていた。扉の陰から盗み見た彼の怪我からしても、対峙しているだろう仗助たち以外を気に掛ける余裕はなかったのだろう。
 しかし、それは仗助たちも同じようで、室内の誰も、外で固唾を飲んでいる二人に気づいていなかった。そのまま、形兆の慟哭が続く。

「おやじを「普通」に死なせてやりたいんだ……。そのためなら、どんなことでもするって子供のとき誓った……。そのためにこの「弓とヤ」は絶対に必要なんだ……」

 そう言って形兆が示す彼らの父親の姿に、祥子は先の初見ほどでないにしろやはり動揺せずにはいられない。
 ずっと何か箱の中をごそごそと探っている、体の大きな億泰らの父と言うにはずっと小さな影。ぐずぐずに崩れた、他人の肉親に向けて言うには憚られるが、肉の塊と表現するのが一番近く思える姿だった。
 涙を収めた形兆が語る過去によれば、その姿はDIOという男の影響だった。そもそもは「悪」であるDIOへとすり寄った彼らの父が悪いとはいえ、あまりと言えばあまりの末路だ。涙すら滲ませる形兆に、祥子の胸も詰まる。
 しかし、だからといって彼らのしたことが許せるわけでもない。矢で射られた康一は死ぬところであったし、おそらく彼らは他にもたくさんの人間(善悪はともかく)を同じように傷つけてきたのだろう。仗助もまた、スタンドを使っての戦闘で傷だらけだ。祥子はこの状況でジャッジを下せるほど視野の広い人間ではない。
 隣でじっと室内を、兄を見つめる億泰をちらりと見上げ、祥子は胸にたまるもやもやを追い出すように、詰めていた息を吐き出した。

「ちらかすなって何度も教えただろうッ!」
「うひいいいいいい」

 しかし響いた大きな音に続く怒鳴り声に、祥子は俯けていた視線を上げる。視線の先では形兆が彼らの父親へを殴り飛ばしていた。子が父を殴るという、祥子にとって想像したことも無い光景に思わず両手で口元を覆い、出かけた声を飲み込んだ。相変わらず隣の億泰は微動だにしなかったが、何を思うのかその顔は酷く険しかった。

「おい! やめるのはおまえだよっ! おまえの父親だろーによーーッ!」

 怒鳴りながらの形兆の「折檻」は手加減など微塵も無く、思わずと言うように仗助も制止の声をあげた。それを横目に形兆の足が父親の頭をカチ割り、……その傷は瞬く間に治っていった。

「……」

 祥子も仗助の隣に立つ康一も、共に顔色を失くし絶句してしまう。しかし、彼らにはわかりきっていたのだろう、形兆にも祥子の隣の億泰も顔色は変わらなかった。

「ああ……そうだよ……実の父親さ……血のつながりはな……。だがこいつは父親であって、もう父親じゃあない! DIOに魂を売った男さッ! 自業自得の男さッ! そして、また一方で父親だからこそ、やり切れない気持ちっつーのがおまえにわかるかい? だからこそ、フツーに死なせてやりてえって気持ちが、あんだよ」

 形兆の切実な思いに、仗助の動きが止まる。
 祥子はいよいよ泣きたくなった。わかるかと問われれば、正確にはわからないだろう。理解などできないだろう。しかし、彼の思いを想像することはできる。己自身に置き換え、「もしも」を考えてしまえばすぐさまの否定はできなかった。

「こいつを殺した時に、やっとおれの人生が始まるんだ!」

 その言葉に、彼がどれだけ自分を犠牲にしてきたかがわかってしまった。例え、祥子の生まれてから育んできた常識が「間違っている」と言おうとも、感情が彼を憐れまずにはいられなかった。
 それぞれが葛藤する中、それでも兄弟の父親は空っぽの箱の中で何かを探し続けていた。しかし、目を背ける祥子にも、現状に慄くばかりの康一にも、ただ絶望に囚われた虹村兄弟にも気づかなかったその「何か」に、仗助だけが気が付いた。

「ちくしょー、やめろっつってんだよ! イラつくんだよッ!」
「おい、そこまでにしとけよっ!」

 苛立ちに任せ、父親を足蹴にする形兆へと、仗助が足を踏み出す。それに気が付いた形兆が手にした「弓と矢」を強く握りこんだ。

「……というわけでよー。ぜったいにこの「弓と矢」はわたすわけにはいかねーッ。ぜったいになぁーーーーっ」
「かんちがいするなよ……。その「弓と矢」はあとだ……。気になるのはこの「箱」でよーーっ!」
「!?」
「? は……箱を?」

 しかし、仗助はそんな形兆を通り過ぎ、兄弟の父親が一心不乱に漁り続けていた箱へとクレイジー・ダイヤモンドの拳を叩きこむ。その予想外の行動に、形兆や康、隠れている二人も虚をつかれ、驚きに目を見開いた。ただ兄弟の父親だけは奇妙な鳴き声を上げ、視線を割り砕かれた箱から反らさない。
 そんな一同の視線が集まる中で、次第に見えなかったものが形を成していく。

「!!」
「ああ! はっ……箱の中に……写真が!」
「…………なにか……ちぎれた紙切れのようなものをつまんでいるから、形をなおしてみたら、なにかと思ったらよ……」

 元通りに戻った箱の中にあったのは、一枚の家族写真だった。優しげな母が、誇らしげな父が、恥ずかしいのかどこか気もそぞろな少年が、まだまだ状況を理解できずおもちゃに夢中な幼児が、一枚の絵に収まっていた。

「おおお、おおおおおおおお」

 それに気が付き、手に取った父親が声を上げ、写真を抱きしめ、泣いた。

「!!…………〜〜〜〜〜っ」
「か……、家族の写真だ……。い……、意味が、あったんだよ。10年間……無駄にくり返していたと思っていた、この動作には。意味があったんだよッ!」

 その姿に形兆は言葉を失う。それを補うように、康一が声を詰まらせながらも、その事実を口にする。彼らの父親の中に残る、兄弟の、家族の思い出の存在を言葉にする。

「億泰くん……」

 その姿に胸を締め付けられる祥子は、隣から聞こえた小さな声に顔を上げ、眉を下げた。
 億泰が壁に背を預け、声を抑えて泣いていた。ずっと持て余していた父の、その内に存在していたものがわかったからだろうか。静かな涙を流す少年に、祥子は声をかけられず、ただ黙って自分よりはずっと大きな彼の、傍に垂れ下がる腕を慰めに撫でるしかできなかった。



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