[2]虹村兄弟8


 康一に手が届き、ようやく息をついた仗助と祥子ではあったが、未だ正体の知れないスタンドの潜む屋内であることは変わりない。仗助は背を向ける億泰へ向け、一つの頼みを申し出た。

「なぁ、億泰。借りでも何でもイーからよー、もうイッコだけ頼まれてくれねーか?」
「あぁ?」

 億泰を呼び止めた仗助が、視線で隣に居る祥子を示す。

「この人、無事に外へ連れ出してやってくれ。オンナが喧嘩に関わるってのは、あんま気分良くねえからな。おめーのこと、信用してっからよオ」
「ンだよ。おれに預けて良いのかあ?」
「えっ、でも……」

 仗助の依頼に一番驚いたのは祥子だった。何かできると考えていたわけではなかったが、康一を助け出すまで仗助と離れるとは思ってもみなかったのだ。動こうとしない祥子の背中を、仗助はその手で億泰の方へと押しやる。

「でももヘチマもねーんスよ。いいから行ってろって。康一が目ー覚ましたら、ちゃんと戻るっスから、我侭言わねーで下さいよお。時間、ねーんスから。」
「う……、わ、わかった。気をつけてね」
「ま、できるかぎり気を付けるっス。……ってことだからよ。頼んだぜ、億泰」

 状況が状況だけに、駄々をこねるわけにもいかず、結局祥子は大人しく頷き、億泰に歩み寄るしかなかった。

「億泰くん、よろしくね」
「ちっ、わあったよ! おら、いくぜ」

 足早にその場を去る億泰の後ろについて歩きながら、祥子が後ろを振り返ると、仗助がクレイジー・ダイヤモンドで康一を治しているのが見え、一応は安堵の息をつく。
 あとは、二人が無事に出てきてくれれば良い。そう思いながら、祥子は億泰と共に玄関の外へと出た。目に映る庭は、相変わらず荒れている。
 玄関から外へ出たものの、二人共そのままどこかへ行くわけにも行かず、微妙に距離をとりながらも玄関の段差に腰を下ろし、ぼんやりと春の日差しを受ける荒れた庭を眺めていた。

「……」
「……」

 互いに無言の、実に居心地の悪い沈黙が横たわる。
 祥子からすれば、少しは見直したとはいえ、印象が頗る悪い彼である。
 億泰からすれば、膝を借りたとはいえ、何で此処に居るのかわからない女である。

「……」
「……」

 お互い、ちらり、ちらりと視線を投げては、相手の僅かな身動ぎに慌てて視線を逸らすを繰り返す。祥子など、緊張感の空回りの所為だろうか、大きな欠伸を漏らす始末だった。

「……億泰くんは、高校生?」
「あぁ? ……あーー、おう。一年だぜ」

 そんな気まずい空気を打破しようと、先に口を開いたのは祥子だった。明らかに話題に困っているのがわかる切り出しだが、流石に億泰も気まずかったのだろう、素直に話しに乗ってくる。

「高校一年生かあ。若いな〜〜。そうそう、仗助くんと康一くんも一年生なんだよ」
「あーー、だろうなあ。……アンタは?」
「私? 私はもう大学生で、成人済みだよ。そう言えば、名前言ってなかったっけ。鐘田祥子です。よろしく……って言うのも、変な感じ」
「なんだよ、アンタ、あーー、祥子さん、年上なのかよお。康一って奴もだけど、ちっせーし、年下かと思ったぜえ」
「康一くんはともかく、私は普通くらいだよ。私が小さいんじゃなくて、億泰くんたちが大きいの!」

 会話の糸口さえ掴めば、二人とも無口な性質ではないらしく、それなりに口が滑り出す。相対したものの、共に襲われる立場にもなった者同士、妙な共同意識が芽生えていたようだった。
 弾む事はなくとも、会話は緩やかに流れていく。ぽつりぽつりと言葉を交わしていたが、不意に億泰が気まずそうに僅かに言いよどんだ。その様子に、祥子も追及する事なく、口を閉じて待つ。

「えっと、よぉ。その、顔、殴っちまって悪かったな……って」

 ややあって、億泰がもごもごと告げた謝罪に、祥子は目を瞬かせ、反射のように打たれた頬に手を当てる。

「ああ、うん。びっくりした。あんな風に殴られたの、初めてだったから」
「うっ! わ、悪かったって」
「ふふ、うん。良いよ、怒ってないよ。びっくりしすぎてそんなに痛くなかったから」

 気にしていたのかと意外に思いながらも、祥子は打たれた頬を擦りながら悪戯気に笑う。その頬も、時間もたち腫れも痛みもなくなっている。だから、気持ちも少し寛大になっていたのかもしれない。祥子は、しょげ返ってみえる億泰に、ほんの少しだけ絆されていた。

「謝ってくれたから、もう気にしないで良いよ」
「おう……。あとよぉ、ひっくり返った時によぉ、アンタ、受け止めてくれただろ? それも、アレか? 仗助のヤローみてーに「死ぬこたねー」って思ったのか?」

 億泰は、わからないことはわからないと言えるタイプであるらしい。続く質問に、祥子は少し考える。

「うーん、そこまで考えてなかったかな。倒れたら、痛そうだったし、なんか思わず、かなあ」
「んだよお、それだけかあ?」
「それだけだよ〜〜」

 不満気な億泰に、祥子は苦笑いするしかない。実際、何か考えている余裕などなかったのだ。そこに明確な理由を求められると困ってしまう。

「そうだなあ。私が倒れたら、助けてもらいたいから、かな?」
「でも、倒れたのは俺だぜ?」
「うん、だから、私や仗助くんが倒れたら、助けてね」
「しょうがねえなあ」

 情けは人の為ならず。いまいちわかっていない億泰の、それでも「応」の返答に、祥子は少しだけ嬉しくなった。
 その時、何かが壊れる音が家の中から低く響き、二人はその場に飛び上がる。

「えっ? なに?!」
「兄貴……!」

 隣からの声に、祥子ははっとする。先ほどの音は、祥子たちを襲っていた形兆のスタンドによるもの。つまり、今、屋内では仗助たちと形兆が争っているらしい。一緒に居る康一はスタンドが見えないのだ。果たして大丈夫なのか。
 祥子の隣に座る億泰も、複雑な顔をしていた。兄は心配ではあるが、釈然としないものがあるのだろう。
 二人は揃って幽霊屋敷のような家を見上げていた。
 しばらくの無音の後、耳をそばだてていると聞こえる発砲音に、祥子は落ち着かなげに手を握り締めていた。その隣では、億泰が厳つい顔を更に強張らせ、音が聞こえただろう部屋を睨んでいた。
 無言のまま、時折聞こえる音に集中している最中、今までに無い爆発音が空気を震わせた。

「えぇぇ……」

 一時戻ったかに思えた日常を、軽々と打ち砕くその爆音に、震える空気に、祥子は呆気に取られるばかり。もはや心配する余裕すらなかった。

「おい、アンタ、えーっと、ショーコさん! おれは兄貴を見に行くぜ。アンタは危ねーから、こっから動くんじゃあねーぜ」

 ぽかんと間抜けに口を開けていた祥子に、億泰が告げる。我慢の限界だったのだろう、祥子に大人しくしているよう念を押しながらも、足は既に動いていた。

「億泰くんが行くなら、私も行く!」
「危ねーって言ってんだろ。大人しく待ってろよ」

 慌てて後を付いて来る祥子に、億泰が困ったように追い払うよう手を振る。しかし、犬ではないのだからそれで祥子が引き下がるわけがない。さっさと追いつくと、逃がさないというように億泰の制服の端を捕まえてしまう。

「あのなーー。心配なのはわかるけどよお。仗助も言ってただろ? アンタを守れる保証はねーんだよ」
「心配なのもあるけど、その、一人で置いていかないで欲しいの。もう、何があるかわからないんだもの。情けないんだけど、怖くて……」
 
 服の端を握りしめ、年上のくせに不安な表情を隠さない祥子に、その「女らしい」態度に、億泰は頭をかきむしると、その手を掴み屋内へと足を進めた。

「何があっても、知らねえからな!」

 ぶっきらぼうなその声に、祥子は一つ、こくりと頷いた。





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